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プレイバック相対性理論 Part2 |
kei
相対性理論は"はまる人"と"はまらない人"がはっきり分かれますよね。
tangerine
その中でも『ハイファイ新書』と『シフォン主義』で好き嫌いが分かれますしね。
ヘルシンキ
そうだね。ファースト・アルバム(『ハイファイ新書』)はバンド臭が強いけど、セカンド(『シフォン主義』)ではそれがきれいに脱臭されてる感じ。
ミカ
バンドの話しになったので、唐突ですが僕が相対性理論を評価するポイントを表明します。基本的には、最近の若手バンド、例えばチャットモンチー(*1)やbaseball bear(*2)とかとは違うというところです。相対性理論は浮いている。そこがなんだかいいなと思いました。
tangerine
あの~ミカさんが全部バンドの名前を言うとき、いつも(笑)がついてますよね。チャットモンチー(笑)みたいな。
ミカ
俺は好きだよ!チャットモンチーは。あ、baseball bearは首絞めたくなるけど・・・。ただね。90年代後半から2000年代前半までナンバーガール(*3)やスーパーカー(*4)が大きな存在感をもっていたという状況があったわけです。やっぱり、その流れの延長線上にチャットモンチーがいるわけですよ。他には最近では少し下火になったようだけど2000年代の下北ギター・ロック界隈が賑わっていて、今、baseball bearみたいなのがいる。
ただ、相対性理論はそうした支流からはちょっとずれている。例えばスミス(*5)にちょっと似てたりする。今までの既存のバンドとは異なる参照軸を使っているから新鮮に聞こえるという感じかな。
エグザイル
全然そうは思わなかったな。たしかにスミスといえばスミスだね。でも、とりたてて曲がいいという印象はないなあ。
エグザイル
良くも悪くも相対性理論は、中途半端なんだよ。詩にせよ、曲にせよ、なんにせよ、全部中途半端。でも、だからこそサブカルっぽいし、アートっぽい。それゆえの魅力なんじゃないの?
ミカ
ただ、そこに留まっている限り、相対性理論は今後もそんなに売れないと思います。別に売れなきゃいけないわけではないけど、今のところはもうすぐ休刊しようとしている『STUDIO VOICE』が特集するようなバンドなんですよ。Perfumeみたいに木村カエラが紹介してくれたらよかったんですけどね。
誰も僕の好きなポイントに賛同してくれませんでしたが、僕は好きですよ。相対性理論。でも、『STUDIO VOICE』のような一部のサブカル雑誌が取り上げているだけで、なんだかファッションアイテムのような感じもしています。Perfumeは中田さん自身がファッションアイテムとして流通させようとしている。けれど相対性理論の場合、エグザイルさんの言葉を借りれば、アイテム化されにくいところがいわゆるサブカルぼいし、アートぽいわけでしょ。でもそこが、Perfumeとは別のアイテムとして機能しているように思えます。仕方ないのでしょうが、僕はその点では不服ですね。
エグザイル
Perfumeはなんかアイドルシーンとうまく結びついたんだよね。モーニング娘みたいな90年代アイドル像(誰とでも交換可能な「可愛い女の子」)とは異なって、他の誰とも交換できない「可愛がられるお人形さん」として。 そのPerfumeが、あんなにヒットしたからね。で、前にも言ったけど、ベースの人が全部プロデュースしてるんなら、男が女の子をコントロールしてるって点で、相対性理論もPerfumeと同じなんだよね。でも相対性理論には、Perfumeみたいなパフォーマンス力はないでしょう。だって直立不動だもん(苦笑)。しかも、そういう構造とか情報とか、表向きには秘密にしてるんだよね。
何かを隠したり秘密にすることで、つまり〈何かありそう〉っていう操作をすることで、ありもしない権威を構成するっていうのは、アート的な戦略だよ。けっしてエンタメ的ではない。そうか!相対性理論がエンタメ的な身振りをしていないのに、なんか売れているとこに、俺は感銘を受けているのかも。
ミカ
でも、エグザイルさんのいう<アート的身振り>は戦略的な部分ですよね。直立不動とか、全国ツアーしないとか、色んな情報をヴェールにつつむというのがアート的だという。それのどこがいいのですか?
エグザイル
どこがいいのか、俺にもよくわからん(笑)。でも、エイベックスの誰だっけ、ガルネクか、あんな情報操作みたいな売り方してるやつよりもよっぽど売れてるわけでしょ。相対性理論が、エンターテイメントではないのに、エンターテイメントとして流通してるってとこは、痛快な感じがします。
あー、わかってきた。相対性理論ってアマチュアっぽいんだよ。何一つ卓越していない。演奏もそれなりだし、必ずしも斬新なことをやっているわけでもない。けれどこんな風になれるっていう。情報資本主義が全面化したような状況を的確に切り取って、提示することができる。そんなアマチュアな可能性に、希望を感じるのだと思います。さっき話したスパンクハッピーは、プロの技だったわけでさ(笑)。
ヘルシンキ
プロの犯行(笑)
ミカ
え~と。相対性理論がアマチュアだというのはいいとして、でもそれはいわゆるインディーズと何が違うわけですか?
エグザイル
いや、違わないでしょ。インディーズってことだよ。ただ、なんで話題になってるかって言ったら、それは相対性理論が語りやすい、っていうより語りたくなる何かを持ってたってことでしょ。じゃあ、相対性理論のどこを語りたくなるかってことだけど・・・
ミカ
そうです。しつこいですが、そうするとやっぱり相対性理論の曲自体に注目しないといけないんじゃないかなと思います。例えば最近のポストパンクリバイバルとか差異化が図られているとか。消費社会の新しい展開が読み取れてるとか。他のインディースにはない部分が語りやすいのではないでしょうか。たぶん、佐々木さんや菊地さんといった人たちが相対性理論に反応するのも、そうした語りやすい部分が絶妙な感じであるからじゃないかなと。
ヘルシンキ
そうだね。相対性理論は語りやすい。
エグザイル
でも語りやすいのは、やっぱり歌詞の面で、音楽面ではないんじゃないかなあ。まあ、どこを語るかはさておき、相対性理論って〈語られることで持ち上げられてる〉ってとこは、あるだろうね。
ヘルシンキ
なんというかおみこし的なものですよね。担ぎたい、持ち上げたい。「わっしょいわっしょい」って。
エグザイル
しかもそれは、おっさんのおみこしなんだよね。やっぱり、相対性理論って、ある面では、『STUDIO VOICE』が端的に示すように、言説が作り出してる何かなんだと思います。『STUDIO VOICE』や『ヒアホン』ってテキストばっかりじゃん。しかも書いてるのも、ほとんどおっさんだという。
ただ、そうした言説を好む人たちが少数になってきたので、『STUDIO VOICE』もなくなってしまう。批評的でメタ的な言説と音楽が一体化してシーンを盛り上げるっていう、そんなプロモーションの最後の灯火なのかもしれない。そういうとこにノスタルジー的な感銘を受けるっていうのが、俺にはあるような気もする。
ヘルシンキ
きっとエグザイルさんのような視点の人が持ち上げているんですよ。
エグザイル
そうするとだんだん愛おしくもなってきたな(笑)。
エグザイル
ただそれはそれで、でもオリコンの上位に入ったわけだから、まったく別の観点から聴いてる人も多いはず。ただ言説のレベルでは見えてこない。そういう人たちの語り、例えば、tangerineさんみたいな感性で聴いている人がもっといっぱい語ればいいのに、と思います。
tangerine
私はやっぱり「バーモント・キッス」(『シフォン主義』に収録)の冒頭で「世界征服やめた」っていうフレーズを聴いたときが衝撃でしたね。みんな破壊工作とか世界征服をやってて、それは恋愛とか人間関係での私たちの振る舞い方の比喩だと思うんですが。この曲を聴いて、「あ、やめていいんだ」と思いました。今日の献立を考えるだけで精一杯でいいんだって。
ヘルシンキ
日常にランディングってことね。あんまりtangerineさんみたいな感想は音楽雑誌に取り上げられないな。そもそも、相対性理論自体が音楽雑誌に登場しないし。
ミカ
そうですね。tangerineさんみたいな内面語りが不足しているわけでしょ。実際に『STUDIO VOICE』ではどんな語り方がされているんですか?菊地さんみたいな語りですか?
kei
やっぱり、歌詞にくいついています。
エグザイル
「我思うゆえに、我ありではなく。我貴方がいるがゆえに我ありなんです」みたいな(苦笑)。もう、なんかなあ・・・。
tangerine
正直、他の人が書いていることはよく分からないですね。
ミカ
tangerineさん的内面語りが不足しているわけですね。
tangerine
全然ないですよ。ネットでも、『STUDIO VOICE』でも見当たらないです。
ヘルシンキ
やっぱりtangerineさん的な視点の人はほとんど見なくて、エグザイルさん的な視点の人が目立ちますよね。
エグザイル
そうだね。そうすると相対性理論の位置づけがますますはっきりするよね。大みこしを担ごうとしている。
ミカ
語っているのもみんな男ばっかりですしね。
tangerine
スタジオボイスの特集では、女の人も詩人の方が一人いらっしゃるようです。ただ詩の構造がどうとかという話しかしていなくて、全然親近感が湧かないんですよ。『STUDIO VOICE』の中で私をみつけたという印象はないですね。
私は「スマトラ警備隊」を聴いたらゲームボーイをしている私とか、「バーモント・キッス」を聴いたら世界征服をやめた私とかをありありと思い浮かべることができるんです。それにほとんどの言説は、〈理想の女性像をやくしまるさんに歌わせている〉という視点で終わっている。個人的には、誰が戦略的にやっていようと構わないんです。だからこそ、男の理想の女性を演じさせているという語りでは終わらない魅力がある、という展開の仕方もできると思うんだけど、そうした話は見当たらないですよね。。
エグザイル
なるほどね。詩にせよ、プロデュースにせよ、ある意味、露骨に男性の視点で作られた女性像ではあるんだけど、その見立てを批判する段階ではもうないってことだよね。男性目線という見立て自体が暗黙の前提になってて、そこに切実な関係性が生まれてきたということでしょう。それが、tangerineさんみたいな感覚を生むんじゃないかなあ。
たしかに、 そうした見立てを受け入れがたいと感じている層も、少なからずいる。例えば、雨宮まみさん(*6)が言うように、Perfumeが打ち出してきた「可愛がられるお人形」ってイメージを、〈憧れるには遅すぎるし、あきらめるには切実すぎる〉って感じてしまう層は確実にいるでしょう。でもその一方で、男目線の設えられたあり方がデフォルトになってる自分を、すんなり受け入れる感性も確実にあるはずで、それがtangerineさんみたいな感想を生むんだと思よね。「世界征服やめた」って歌詞は、そういうことでしょ。ジェンダー的な意味で闘うのやめたっていうことでもあるはずだからさ。
tangerine
ただ、十代に相対性理論を聴いてる人はいない気もするから、私は誰と連帯すればいいのでしょうか(笑)。
エグザイル
kei君の周りの女の子はどうですか?
kei
与えても食いつかない!
kei
たいていは薦めた女の子の彼氏がはまっているって感じです。たぶん相対性理論は、聴きながす音楽として受容されていると思います。僕が思ったのは聞き流してはいるけどある音、ある言葉を拾った瞬間、<何か>を聞き取ってしまうというものです。本人たちは意図なく書いているのかもしれないし、もしかしたら狙っているかもしれないけど、たくさんある言葉の中で拾ったある言葉を通じてすごくいろんなことをこちら側が考えてしまうようなからくりになっているような気がしますね。
エグザイル
あー、その話は面白いね。確かに、なんかアクチュアルな言葉が取られていると思う。
ヘルシンキ
どの年代の言葉が取られているのかな?「コントレックス」「学級崩壊」とかあるけど。
kei
「ブルーレイ・きれい」とかは結構新しいですよね。
ミカ
ジョイマン(*7)みたいだ!というところは置いといて。最近のバンドで、歌詞は意味不明ってバンドが多いですよね。韻やリズムを重視して、歌詞の意味内容に束縛されないというもの。例えばマキシマムザホルモン(*8)とか。でも相対性理論は意味不明ではなく、その単語を拾い取ったときに、あるイメージがぐわーと広がるような感じがする。この人はこれにはひっかからないけど、別の言葉にはひっかるみたいな。
エグザイル
そういった点で、相対性理論は<日常>を歌っているんだよ。身の回りのことが、こういうふうに見えているのではないかということが歌われていている。
ヘルシンキ
態度としては、資本主義のことを「シフォン主義」と言ってしまう感じですよね。相対性理論は響きだけなんだよ。シホンシュギという音声になっている。背景がなくなっている。
ミカ
意味はないけど、あえて「シフォン主義」と言ってしまえるあたりに絶妙な力があるように思えますね。別になんだっていいわけではないはずです。
ヘルシンキ
だからって奇をてらっているわけではないですよね。
エグザイル
そう。ナンセンスではないよね。そうなるとtangerineさんが感じる切実さは、「日常っぽさでいいのだ」という開き直りにあるのかな。世界征服をやめて、今日の献立で精一杯というあり方に憧れるのではなくて、「それでいいのだ」という形で受け入れるような・・・。
tangerine
憧れとは違いますよね。完全に印象論ですが、世界征服をやめて、献立を考えてる自分が見えたという感じかな。曲の中にもう一人の私がいたんだという。だから相対性理論は、何回も聴かなくていいんですよ。買わなくてもいいし。もう二度と会えなくてもいいみたいな(笑)
エグザイル
俺もハードリピートはしてないなあ。
kei
そうですか? 僕は中毒のように聞いてますよ。歌詞でピックアップされてる単語がずらされてることに、自分が振り回されているのが、自分で感じられます。例えば、「メイドさんありがとさん」とか。絶対に「メイドさんありがとさん」とか今言わないよなとか思いながら、でも相対性理論は、たぶんそのこと狙ってないよね、とか。そんなことを思いつつ、踊らされてるよなと考えている自分がいるんですよ。
そうしていると、今度は別の言葉が気になって、また踊らされてしまう。たぶんその繰り返し。それを間接的にやっているのが相対性理論で、それを直接的にやってきたのが向井秀徳(*9)かなと思いました。向井秀徳は、韻を踏んでいるけど、そのひとつひとつの言葉に意味を持たせているんですよね。でも相対性理論は、単語レベルで拾ったとしても、自分でイメージを膨らませない限り、それが何を意味しているかわからない。
エグザイル
それはやっぱり、相対性理論の歌詞にはメッセージ性がないから、単語レベルでこちらが思いをはせる余地があるってことじゃない?しかも、単語の羅列も偶然の組み合わせでくるから、聴くたび聴くたびにひっかかた言葉が絶妙な響きを持っている。創作ではなく、引き写しのような印象です。
kei
そういうイメージだと例えばグーグルで調べたとかではないかなと思ってしまいますよね。その中でこの言葉があつい!みたいなものを意図的に抽出して、作っているのではないでしょうか。全然違うか(笑)。
エグザイル
いや、案外そうなんじゃないかな。0から1への発想ではないし、0から1を発想することへの憧れもないよね。人が書いたものをリミックスしているような。だから、いわゆるロマンティックな詩人を目指してるわけではなくて、「私が、私が」っていう自意識過剰から解き放たれた人たちの歌詞なのかもしれないね。
エグザイル
ところで誰が相対性理論を聴いてるんだろうか?そもそもライブを東京でしかやってないみたいだし。
tangerine
カラオケ屋には結構入ってますよ。
kei
ライブは渋谷慶一郎(*10)と一緒にやったり、今度は大友さんともやる予定のようですね。
ヘルシンキ
関わっている人が、アンダーグラウンドな人たちばかり。
エグザイル
そうすると、どういった人たちが聞いているのか、ますます気になりますね。っていうか、そもそも最近の若い人って何を聴いているんだろう?
tangerine
加藤ミリヤ(*11)とかかな~。私は相対性理論と戸川純(*12)しか聴かないから、分からないですが。
ヘルシンキ
ゲルニカとかね(笑)。
エグザイル
tangerineさんの周りの人は相対性理論を聴いているの?
tangerine
2、3人ですね。女の子で聴いている人は、バンドサウンドがいいみたいですね。それで詩にはあまり共感がない。例えば、女の子に「バーモント・キッス」いいよねっていうと、メロディラインが泣けるよねって話ばかりですよね。
ミカ
相対性理論の中に、自分の内面の切実さを求めるような聴き方をしていないんですよね。そういうバンドではないんだよね。
エグザイル
でもその一方で、さっき、kei君が言ったように、歌詞に意味がないからに、単語レベルでこちらが思いを馳せる余地があるわけで。だから相対性理論聞いてて、自分の内面が、どんどん溢れ出してしまうってとこもあるんじゃない?
kei
それが怖くてみなさん論じないんじゃないですか?僕とかも「メガネは顔の一部じゃない」がすごい心に染みたんですよ(笑)。ただのネタにしかならないことだけど、でもそれで、なんだか救われたような気になりました。
ヘルシンキ
みんな自分語りになっちゃうのが、怖いんですかね。
エグザイル
自分語りをちょっとどうかと思う自分もいて、みたいな。なるほど。kei君の指摘は面白いなあ。さっき、相対性理論の歌詞は自意識過剰じゃないって言ったけど、それを聞いてる人は、むしろ自意識過剰に歌詞に反応しちゃって、さらにはそんな反応をする自分はみっともないってどこかで反省させてしまう、そんな働きかけもあるんだ、っていうことね。
ヘルシンキ
持ち上げつつも、やっぱり抑圧している。
ミカ
keiI君が言ってたように、相対性理論の歌詞は作者が意図的に単語を散りばめてて、どこかしらにフックがある。それに僕たちは踊らされてしまう。しかも、相対性理論自体は、自意識過剰ではないような身振りをとっているから、過剰に自分語りをしてしまいそうな自分に対して、抑圧をかけたくなる。なるほど、だから、〈自分語り〉とは異なるもっと別の観点から相対性理論を語ろうとして・・・。
ヘルシンキ
なるべくメタ的に、メタ的に振る舞ってしまう。
エグザイル
ってことか。ここでメタ的に語るというのは、つまり恥ずかしい〈自分語り〉を表に出さないための、防御反応ということだよね。そうなると相対性理論には、〈自意識過剰な私を意識させる音楽〉って面もあるんだね。
ミカ
メタになりすぎて、誰も自分語りができなくなってしまう。。
エグザイル
だから、プロデュースが面白いとか、消費社会の構造がどうとかみたいな話になるわけだ。病んでるなあ・・・。
ミカ
例えば、Perfumeだったら、「あーちゃんがかわいい」と率直に表明することができるんだけど、相対性理論は、そうした回路がないから。だからこそ、tangerineさんみたいな話がでてくると、もっと幅広い人に受容されると思うんですよ。
エグザイル
まったく同感です。tangerineさんやkei君みたいな語り方こそ、もっと幅広く訴えられるべきでさ。そもそも歌詞がそういう風に受容されるっていうのは、これまでにも、あまりなかったと思うんだよ。つまり、受け手が、単語を媒介にして、そこに自分の内面を投影させていくっていうね。しかも、単語レベルで、そうなわけでしょ。
歌詞の物語に感情移入するような聞き方ではなくて、単語レベルで反応して、そこに自分の生活の一部が溶け出してしまうっていう、そんな聞き方。そんな反応を引き出しているのだとしたら、相対性理論は、やっぱり今注目しとかないといけないなあ、と思います。
ヘルシンキ
〈自分語り〉を解放をしてあげなくちゃ!
エグザイル
そうそう。『STUDIO VOICE』とか『ヒアホン』みたいな語り方は、受容レベルではほとんど的外れだし、まったくどーでもいーんだよ。
ミカ
そうすると、『STUDIO VOICE』が休刊することは、相対性理論を取り上げる媒介がなくなるということではなく、むしろマーケットを広げることにつながるのではないかなと思います。それは新しい誤配の可能性につながる(笑)しつこいか...。
ただ相対性理論は、ひとつひとつの言葉に自分の何か、自分語りをしたくなる要素が巧みに配置されているということがいえそうですね。もし仮にそうしたものとして、相対性理論が語られ、受容されるようになったら面白いじゃないかな。こうした点が相対性理論の新しさ、注目されている理由があるのではないでしょうか。長くなりましたがこのあたりで終わりにしましょう。
みなさんどうもありがとうございました。
(完)
徳島県出身のスリーピースガールズバンド。『ロッキングオン・ジャパン』紙上でアマチュアバンドでありながら、「数年に一度いるかいないかの新星登場」というキャッチコピーで紹介される。メジャーデビュー以降、元スーパーカーのいしわたり淳治をプロデューサーに迎えている。代表曲は「東京はちみつオーケストラ」、「シャングリラ」など。
2002年に結成されたロックバンド。どこがいいのか誰か教えてほしい、そんなロックバンド。
1995年福岡で結成。2002年に解散した90年代からゼロ年代初めを代表するロックバンド。1980年代、90年代のピクシーズやソニックユースといったアメリカのオルタナティブロックに影響を受けたギターロックバンド。向井秀徳の韻をふんだ独特のボーカルスタイルや、ディストーションの効いた田渕ひさ子のギターが魅力。
1997年にデビュー。ナンバーガールやくるりとともに90年代後半から日本のロック界を牽引した。初期のギターロック、後期の打ち込みを主体とした音楽作りなど、次々にスタイルを変えながら絶頂期の2005年に解散。
1980年代イギリスの最も重要なロックバンド。とにかく素晴らしい。