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静かな気づき-クリス・ネルソン展 |
テキスト:安河内宏法
あるひとつの空間の中に物を置き、その空間全体を作品として体験させるインスタレーションという手法が、現代美術の世界で一般化して久しい。もちろん絵画 や彫刻といったジャンルがそうであるように、インスタレーションと一言で言っても、さまざまなかたちがある。アメリカ合衆国出身のクリス・ネルソンが今回 の個展で作り出したインスタレーションは、そうした多様なインスタレーションのひとつの極を示している。それは、路傍で風に揺れる一輪の花のような、とも すると見落としてしまうほどささやかなものだ。
会場となったのは、「ギャラリー揺」という銀閣寺の近くにあるギャラリー。このギャラリーは一風変わっていて、いわゆるホワイトキューブではなく、 民家を そのまま展示空間として利用している。玄関を入ると和室や居間といった住居空間があり、窓の外には庭がある。クリス・ネルソンは、そんなスペースに、平面 作品4点、立体作品3点を配置し、インスタレーションを作り出していた。
平面作品はいずれも、真っ白な画用紙の一部に、1㎝四方ほどの小さな傷を つけたもの。色彩が一切付けられておらず、よく目を凝らさなければ、そこに傷がついていることに気づかない。それどころか、白い壁の上に展示された白い平 面作品は、ほとんど壁と同一化しており、よほど注意しなければその存在に気づくことはない。
こうした作品は、禁欲的ともいえるほど切り詰め られた ミニマルな表現のように思われるが、しかし、実際には豊かな表情を見せてくれる。太陽の光が雲にさえぎられれば、平面作品の真っ白な色面とそこにつけられ た傷は、光に合わせてほんの少し暗くなる。あるいは歩みを進めて作品を見る角度をほんの少し変えれば、表面のテクスチャーも違った風に見えてくる。それら はとてもささやかな変化なのだけれども、ひとたびその変化に気づけば、作品は刻々とその表情を変えていく。平面作品の真っ白な色面は、それを取り巻く環境 の変化や作品に向けられる僕たちの眼差しの変化を受け入れる「余白」として機能している。
他方、立体作品も、平面作品と同じように作り自体 はミニ マルなものとなっている。いずれも半透明のプラスチックシートを素材としており、シートは長細く切られたり、小さく正方形に切られたりし、屋内の天井や庭 に設置されたポールにからつるされている。ポリ袋に似た軽い素材だから、風が吹けば、シートは漂う。平面作品がそうであったように、環境の変化に従って作 品は、ここでもさまざまに表情を変えていく。風の強さによって動き方を変え、たとえ風を体感できない時であっても、わずかな空気の動きに合わせてゆらゆら と漂い続ける。
そんな立体作品のうち、とりわけ興味深かったのは、庭に置かれたポールにつるされたシートだった。庭には木々が植えられてお り、植 物の葉が風でゆれるのとあわせてシートもゆれていた。風があたるものがゆれるのは当たり前なのだが、植物とシートは僕たちには聞こえないメロディにあわせ て優雅にダンスしているかのようだった。植物とシートが見せるそうしたシンクロ二ティは、人には感知出来ない自然の摂理を垣間見せているかのように思われ た。
クリス・ネルソンの作品が伝えるのは、僕たちを取り巻く環境が、しっかりとつながっているということだ。太陽が雲に遮られれば暗くな り、風が 吹けばゆれる。言葉で書けばそっけないが、彼の作品はそうした事実に改めて気づかせるためのささやかなきっかけとなる。そしてそのきっかけによって、僕た ちは環境の変化にも敏感になる。ふだんは感じることのなかった光の陰りや植物の動きに意識が向くようになる。環境は刻々と変化していることを、そしてそこ には同じ刹那など二度とないということを、静かに気づくこととなるのだ。
*この文章は、京都新聞朝刊(2009年10月17日付)に掲載されたものに大幅な加筆修正を加えたものです。
***展覧会情報は下記の通りです。
Chris Nelson クリス・ネルソン展 2009.10.13(火)ー25(日)(月曜休廊)
12:00ー19:00(最終日は17:00まで)
会場:ギャラリー揺(京都市左京区銀閣寺前町)
URL: http://www.yuragi.biz/
Chris Nelson:アメリカ合衆国コロラド州出身のアーティスト。コロラド州大学彫刻学科を卒業して4年後に、マサチューセッツ州へ制作の拠点を移す。現在のネルソンの作品はサイトスペシフィック・インスタレーションが中心となっているようです。本項を書く上で参照させていただいた「クリス・ネルソン展」の公式サイトには、更に以下のように記載されています。
「光、影、動きや空間などをモチーフにした作品はとても瞑想的で、それはまるでささやきのような静けさを持っています。また同時にそれらは自然の本質が露呈されたようにも見えます。彼はMassachusetts Cultural Councilの助成金及びバーモントスタジオセンターで数回の賞を受けており、教育者、ディレクター、キュレーターとしても活躍しています。彼の仕事とその活躍は、マサチューセッツ州を中心にアメリカ全土そして京都、日本で波紋を呼んでいます。」(ギャラリー揺の展覧会情報より)
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