|
|
現実と夢の重なり合うところ―大竹利絵子展『夢みたいな』 |
Installation view at Tomio Koyama Gallery Kyoto, 2009「どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことは出来ない」と語ったのは詩人・劇作家の寺山修司である。この言葉は、かつて花開いた前衛芸術の旗手たる寺山らしい芸術観をよく示している。そこでは芸術が、現実世界を凌駕する新たな領域を切り開くものとして想定されている。
彫刻家・大竹利絵子の作品は、そうした寺山の言葉と照らし合わせるのならば、いささか相性が悪い。というのも、彼女の作品は、現実世界を凌駕するものというよりかは、現実世界と虚構世界とが重なり合う領域を提示するからである。
本展は、楠や桂などを素材とした木彫作品10点で構成されている。作品のモチーフとして選ばれているのは、少女と鳥である。鳥の背に乗っていたり人の足部に腰かけたりしながらどこか遠くを見据えている少女たちが、無彩色でノミ跡を残すようなかたちで彫り出されている。そうして作られた大竹の作品は、高さ2メートルを超えるものであっても、堅牢な物質性ではなく、繊細さを強く感じさせる。
出品作品のうち特筆すべきなのは、対になるように展示された《Girl》と《Doll》であろう。タイトルに従うのであれば、《Girl》においては椅子に腰かける裸体の少女が、《Doll》においてはスカートの裾をつまむ少女の姿を模した人形が、表されていることとなる。しかし大竹は、《Girl》を少女らしく、《Doll》を人形らしく作りはしない。両者は一見したところ、どちらが少女でどちらが人形なのか判別することはできない。むしろ私たちの持っている「少女らしさ」のイメージに合致しやすいのは、より均整のとれたプロポーションを持っている《Doll》の方であって、頭部がいくぶん大きく作られた《Girl》には、どこか幻想的な雰囲気さえ感じられる。つまり、ここでは少女の中にある神秘性や非現実性と、人形に見出される人間らしさとが対比的に示されているのである。
《Girl》と《Doll》の対が象徴的に示すのは、現実の中にある非現実性、あるいは、虚構の中にある真実性といった感覚である。そしてそうした感覚は、本展の出品作品のいずれにも通底する。大竹は、展覧会タイトル「夢みたいな」が端的に示すように、現実と夢のどちらにも還元することの出来ない両義性を持つ作品を作り出したのである。
*上記の文章は京都新聞朝刊(2009年12月1日付)に掲載されたものに大幅な加筆修正を加えたものです。
*展覧会タイトルに表記の誤りがありました。お詫びする共に訂正いたします。
Installation view at Tomio Koyama Gallery Kyoto, 20091978年、神奈川県生まれ。
2002年に東京芸術大学美術学部彫刻科を卒業。2004年同大学院美術研究科彫刻専攻修了、2007年同博士課程修了。現在も神奈川を拠点に制作活動を行う。
2005年第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展入選。2007年、東京芸術大学大学美術館陳列館で開催されたグループ展『物語の彫刻』展に、小谷元彦、棚田康司らと共に出展。今年8月には東京藝術大学大学美術館陳列館でのグループ展『彫刻 - 労働と不意打ち』に出展。
大竹利絵子展『夢みたいな』
2009年11月26日(木) - 12月26日(土)11:00−19:00 休廊:日曜日、月曜日、祝日
小山登美夫ギャラリー京都(京都府京都市下京区西洞院通六条下ル2F)
ホームページ:http://www.tomiokoyamagallery.com/
| 美術作家・岡田一郎インタビュー part2 | 美術作家・岡田一郎インタビュー part1 | 場所とつながる映像―林勇気展『overlap』 | 静かな気づき-クリス・ネルソン展 | オラファー・エリアソン ─ あなたが出会うとき (2) | 冷泉荘ピクニック『渡辺玄英事務所』 |
トラックバックURL: http://donnerlemot.com/mt/mt-tb.cgi/525
コメントする