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2010年代の恋愛予想図 Part2


holliday2.jpg前回の恋愛予想図PART1、閲覧数も多く、ご好評いただけたようです。みなさん、恋愛話に興味をお持ちなんですねWink

さて今回はパート2です。いよいよ2010年代の課題(?)へと話が進みます。それでは、どーぞ。

西友のイブ
では後半を始めましょう。前半では、主に「セカイ系」とみなさんの恋愛観について話して頂きました。

前半の話を簡単にまとめます。「セカイ系」は、主に学校と家という狭く、閉鎖的な環境の中だけで生活している中学生や高校生の恋愛と類似している。でも、90年代においては、そうした未成熟な恋愛を大人から子供までみんなが共有し、実際に行っていた。もちろん、チェブさんのように違う価値観で恋愛を行っていた人も大勢いたと思いますが。

前半は90年代の話が中心だったので、後半はみなさんもご記憶に新しいゼロ年代の話をしていきたいと思います。ゼロ年代は、自分が付き合っている相手があたかも世界のすべてであるかのように思えてしまう恋愛のあり方、要するに「セカイ系」の弊害が意識されるようになった時期ではないでしょうか。前半でヅラ夫さんがおっしゃっていたように、その弊害というのは、付き合っている相手を束縛したり、あるいは暴力を振るったりして、でも逆にそうした態度が愛情表現であるかのように受容されていくことでしょう。具体的には、デートDVのような問題です。

こうした強固な二者関係に対して、2000年代に言われるようになったのが「ゆるやかな共同体」だったと思います。この「ゆるやかな共同体」というのは、流動的で曖昧だけれど、ある限られた時間の中で、関係性とその積み重ねへの信頼で成立するつながりだとさしあたりいえます。2008年に出版された宇野常寛さんの著作『ゼロ年代の想像力』でも指摘されていたように、こうした「ゆるやかな共同体」はゼロ年代のひとつの傾向ではないか、セカイ系による諸問題を解決するものではないかと言われています。

例えば魔女さんは、自分ではヤンデレ的に彼氏さんに依存していると言いながら、そうした二者関係では完結せず、ゆるやかなコミュニケーションをしようとしているように思えます。つまり、彼氏彼女関係がすべてではない。

そんなところから、まず素朴な質問として、ここ数年で、自分がゆるやかなコミュニケーションのようなものを実践してるかどうか、から始めましょう。まずはtangerineさん、いかがですか?

 

セカイ系は分かってくれない

 

tangerine
う~ん。実はよく考えてみると私は、セカイ系なのかなという気がします。だから、私はここで言われているゆるやかなコミュニケーションのようなものを行っていくために、必ず彼氏という基盤が必要だと思っているんですよね。

ただ、私にとって、彼氏は取り替え可能なものなんです。つまり、絶対的な存在ではない。むしろ取り替え不可能なのは家族の方です。そこが前半で言われていたセカイ系と若干違うところかな。

この後の話の展開を予想すると、現在の恋愛のあり方は2010年代からみると乗り越えられるものだということになりますよね。個人的にはうまくいっているつもりなので、なんと言えばいいのでしょう(笑)

ヅラ夫
つまり、魔女さんとほとんど同じってことだよね。僕も二人のスタンスには共感しますね。デートDV的なものを生み出しやすいセカイ系的なあり方は大問題なんだよ。それを回避するために、悪戦苦闘する上で、ゆるやかなコミュニケーションで乗り切っていこうという考え方になる。彼氏や彼女はいる。だけどそれがすべてではなくて、そうした基盤を前提としながら、なるべく他の人とも関わって、<私>を単に全肯定してもらう存在にしないってことをしながらやっていく。

それがゼロ年代のスタイルだと思うんだけど、それって、何かよろしくない問題があるのかなぁ?だってそうしたスタンスに問題がないと、2010年代の恋愛の新たなスタンスを提出する意味もないわけじゃない。問題あるのかな?

魔女
私は今の自分のスタンスに満足しています。でも、周りの人からは怒られますね。私のそうしたスタンスが、相手のことを大切にしてあげていないように感じるみたいなんです。色々な人と遊んでいるから。

西友のイブ
なるほど。ゆるやかなコミュニケーションを実践している人がいる一方で、やはりセカイ系的なつながりを求める人も一定数いるわけですよ。そうした場合、セカイ系的な人たちは、ゆるやか系な人たちをみて、「お前らの付き合いはそれでいいのか」と言ってきたとしても不思議ではないですよね。

アンソニー
確かにそうしたゆるやか系なつながりに文句を言うのは、セカイ系な人たちのような気がします。「私、彼氏や彼女との一対一の関係を大切にしている」という人に限って、「あなた彼女がいるのに、なんで他の女とご飯食べに行ってるの!」って干渉してくる。僕と彼女との間では合意が為されているにも関わらずですよ。

ヅラ夫
そんなこと言われるの!?

アンソニー
当の彼女は別の女の子と食事に行くことを知っていて嫌がってない。でも、セカイ系的な女の子たちは一生懸命批判してくるわけです。

tangerine
私、高校生のときに、同じシチュエーションで指差して「尻軽!」って言われたことありますよ(笑)

アンソニー
僕の場合は、実際に問題が起きましたよ。というのも、僕が彼女以外の女の子の相談にのっていたときに、周りの女の子たちが「何でそんなに仲いいの?」って話になって、それが次第に僕の彼女への同情にすり替わっていくんです。可哀想だって。だから僕の彼女が可哀想という理由で、今度は相談にのっていた友人の女の子の方に敵意が向いてくるわけです。なんでいつも一緒にいるの!って。

そのときは、僕の友人はすごく悩んでいた時期で、特別な事情があったわけなんです。でも、このとき友人の女の子は、既存のコミュニティにはいられないような状況になってしまって。問題はセカイ系とゆるやか系が共存できないってことなんですよ。

ヅラ夫
この話で面白いのは・・・いや面白いって言っちゃだめか(苦笑)。要するに、本人と彼女、そして彼女も了解している友人の三者間では納得できてても、それだけでは話は終わらない、ということだと思うんだよね。

一同
う〜ん

ヅラ夫
つまり三者が属しているコミュニティのことも考えて…

アンソニー
そこにセカイ系がいると駄目なんですよ。セカイ系じゃない人は、こちらの事情を察してくれて、何か理由があって一緒にいるんだろうと思ってくれる。でも、セカイ系の人はそれをわかってくれない。

 

2010年代の恋愛は当事者だけの問題じゃない!?

 

西友のイブ
ゆるやかな共同体の構成メンバーの中にセカイ系がいると成り立たないように、あるコミュニティの中にセカイ系がいると、セカイ系の人はゆるやかなコミュニケーションを許さない。だからそこで対立が起こるんですね。

アンソニー
そうした一方的な非難のせいで、友人の女の子とはしばらく距離を置くことになってしまいました。でもそうするとセカイ系は落ち着くんですよ(笑)

ヅラ夫
セカイ系気質の人のほうがヘゲモニーを取りやすいんだ。でも逆のパターンってあるかな?仮に男性のセカイ系の場合はどうなるのだろう…今の話は女子独特のコミュニティゆえに発生した問題とも思えるけど。

アンソニー
男でもいますよ。

ルン
昔ながらの純愛思想がやっぱり浸透してて、そうした思想に反する行動を少しでもとると周りが弾劾する。普通に起こっていることだと思うよ。

ヅラ夫
つまり、性別に関係なくおこっているってことか。もしかすると2010年代の課題はここにあるかもしれないね。もはや恋愛は当事者だけの問題ではなくなってくるという。いよいよ窮屈だね。

西友のイブ
もちろん、これまでもずっと恋愛あるいはその先の結婚は、当事者だけの問題ではなかったと思います。両親や親戚、仲の良い友人が当事者たちの関係に対して口を出すことはいくらでもあった。近年では、こうした状況を見事に描いた山田太一脚本の『ありふれた奇跡』というドラマもありましたね。

ただ、特にkeiさんのようなケースは、直接関係ない人たちから指弾され、当事者同士の合意はなされていた関係が瓦解してしまう。かなり、状況は厳しいような気がしますね。

 

電波男vs負け犬

 

西友のイブ
他にもゼロ年代では恋愛に関して新たな提案がなされました。その筆頭が本田透さんの『電波男』です。この『電波男』において本田さんは、80年代から日本社会は恋愛をしなければならないという強制が働いていると指摘します。こうした“いつも恋愛をしなければならない”状況を彼は「恋愛資本主義」と呼びます。

でも、彼はそうした「恋愛資本主義」を降りて、二次元の美少女キャラで満足できるのだと主張します。こうした主張に対して賛否両論あると思いますが、個人的にはそうした恋愛スパイラルから降りる自由を提案しているという点で僕は評価しているのですが。みなさんはどう思いますか?

チェブ
よく分からないですか、「降りる」と言っておきながら二次元の美少女と恋愛するということは、実際には降りていないんじゃないですか?「降りる」っていうなら、友達や他の趣味に走ればいいんじゃないかな。

ルン
「降りる」というのは、恋愛関係を一切絶って、修行僧みたいになることではなく、三次元における恋愛をやめることなんです。だから、二次元での美少女キャラとの擬似恋愛は継続するんですよ。つまり、恋愛から降りることができないから、三次元の恋愛から降りるということだよね。そこでは現実における男女関係の縺れや数々のいざこざとは縁を切って、現実のダメージを回避する防衛手段なんです。本田さんはそれでいいんだって言ってる。

ヅラ夫
結局は恋愛資本主義から降りてないけどね。むしろその中に積極的に入ろうとしている。

ルン
本田さんの主張は恋愛資本主義の中のユートピアなんだよ。もちろん三次元の中でうまく立ち回れている人はいるけど、資本主義だから当然競争に負ける人もいる。競争に負けた、いわゆる90年代にオタクと呼ばれた人たちは、二次元においてそうした欲求を満たしたわけです。

ヅラ夫
デートDVが問題だと散々言ってきたけど、要するに、そもそも彼氏彼女ができない人はどうするんだという問題だよね。そのときに自分を支える基盤を、本田さんは現実の女性に求めるのではなく、二次元の美少女キャラで構わないと言っているわけだよね。

ルン
そうそう。オタクっていうのは、他者の視点、社会の視線に神経質になった時代があったんですよ。90年代初頭に。そこでは「もてない」というレッテルが貼られ、三次元の女の子と仲良くなれない。そうした人は、まさに恋愛資本主義の敗者として扱われる。もてないということだけで「人生の敗者だと思われているんじゃないか」という自意識があったわけですよ。でも、ゼロ年代に入って、本田さんや東浩紀が登場して、二次元に対する恋愛も、いわゆるオタクの状況、内面もすこしは改善したんですよ。

西友のイブ
恋愛をしなければならないというプレッシャーから降りてもいいんだ、この本田さんの主張は面白いと思います。一方で、『負け犬の遠吠え』のような本ではオタクは公然と批判されていますね。

ヅラ夫
基本的に僕も、本田さんの主張には賛成なんです。ただ、対立してるのが、なあ。『負け犬の遠吠え』を読んでみると、なんで自分たちが結婚できないかというと、男たちがオタクになったからだと主張しているわけですよ。かたや「もてない」ことを内面化している自意識過剰なオタクがいて、それに対して、酒井さんは、“自分たちが結婚できないのはオタクが増えたからだ”と言っている。そこでは、きわめて不毛な議論が繰り返されているわけです。

本田さんの主張に従えば、結婚しなくてもいいという人たちが増えているかもしれない。実際に女性たちにはこうしたオタクたちの生き方、自分の好きなものに依存して生きていくというあり方はどう観られるのだろうか。

 

セックスパートナーとしての二次元美少女

 

西友のイブ
女性というのは、自分のパートナーということですか?

ヅラ夫
いやいや。当事者にとっては二次元でも三次元でも、あるいはゆるやか系でもセカイ系でもいいんだけど、問題は、当事者とは直接関係ない第三者が、彼らの振舞いを許さないのではないかってことだよ。そこで両者の対立を乗越えるような関係のあり方がでてくると面白いと思う。

僕はそうした面白さが『すんどめ』に描かれていると思うんですよ!『すんどめ』では、男女ともお互いがお互いでオナニーをし合っているのだけど、セックスはしないというマンガなんです。このマンガはこうしたラディカルな関係性を描いているんですね。そういうあり方が許されるなら、要するに自分には二次元の奥さんがいるけど、現実にも奥さんがいるという状況が認められるということだよね。

ルン
僕は、『すんどめ』や『セルフ』では、肉体関係をもつと自分のアイデンティティが逆に崩れてしまうということが描かれていると思うよ。つまり、三次元の女性との恋愛が成就することの恐れのようなものを感じる。この恐れは、恋愛が成就することへのタブー視、聖域視でもあると思う。

本田さんの主張は、もてないことの裏返しで、もてないことを逆手にとって、二次元でやっていくことは英雄的行為なんだという一種の自己陶酔であり、もてないことを自分のステータスとして刻印したんだよ。本田さんは三次元にかかわらないことを英雄視している。

西友のイブ
つまり、これまではもてないことは単なる敗北であり、負け組であったんだけど、本田さんは恋愛資本主義の中であくせく活動しているやつらとは違うんだと。逆にもてないということが、超越しているんだということを主張したわけですね。

ルン
でもそれは単なるルサンチマン、つまり妬みなんだよね。もてないからこそ、偉いんだという。でも、時代は、ここからもう一歩先にすすむべきだと思う。

西友のイブ
ここでも、ゆるやか系とセカイ系とがどうしても対立してしまうように、本田さんの主張と酒井さんの主張とが真っ向から対立してしまうわけですね。

ヅラ夫
もしくは、魔女さんかtangerineさんがそういう電波男みたいな男性でもいいかってことだよね

tangerine
想像できないですけど、ありといえばありですよね。『電波男』や『負け犬の遠吠え』以外のあり方を考えようっていうのが、今回展望しようとしていることですよね。

ルン
そう。新しいあり方だよね。三次元か二次元かなのか、それとも、そのどちらをも認めるのか、それを女性が認めるか。

tangerine
ヅラ夫さんが言った『すんどめ』が新しいかたちかっていうのは、三次元の人を二次元的に愛するかどうかってことですよね?

 

「俺の嫁」と“嫁”問題

 

ヅラ夫
ちょっと違うかも。ここでは三次元か二次元かっていうのははっきりいって問題ではなくて、自分を支える基盤が目の前の人にないってことだよ。もっといえば、性的に支えてくれる基盤はその人にはないよってことなんです。でも、それでも、一緒にいるっていう。

よしながふみさんの『愛がなくても食っていけます』では、同棲している男女には、お互いに好きな人がいて、それぞれにオナニーしてるってのが描かれていて、普通に生活はなりたっているっていうね。そういうふうなかたちになればいいけどね。

そういうあり方も、ある種の認知度を持って広がると、ずいぶんと地平は広がるんじゃないかな。本田さんはヒロイックに気取ることないし、酒井さんのようにオタクのせいにする必要もないし。

西友のイブ
アンソニーくんが言ったように、ゆるやかな関係とセカイ系はどうしても対立せざるをえない。同じように、本田さん的な主張と酒井さん的主張も対立してしまう。このふたつはずっと対立せざるをえないのか、和解できないのでしょうかね。

ヅラ夫
自分の彼氏や彼女さんに他にセックスのパートナーがいてもいいかどうか。極論から言うとね。それを承認するのか、それともそれは絶対駄目なのか。逆に肉体的な結びつきを絶対的なものとみなすかってことなんだよ。

西友のイブ
でも、今、ヅラ夫さんが言ったことは、例えば、60年代のフリーセックスや80年代後半から90年代のスワッピングと何が違うのでしょうか?

チェブ
その別にいますというのは、一人だけいるというのか、複数人いるのですか?複数人だと信用できないですよね。二次元や特定の誰かだといいけど、不特定多数の人との性的な結びつきだと不安になってしまう。

ヅラ夫
普通は不安になると思うんだよね。この図式は強固で、例えば、何で電波男が嫌悪されるかというと、二次元の女の子でオナニーばかりして、セックスしないからでしょ。現実の女の子とセックスしているということと、色んな二次元の女でオナニーするのは、僕の中で同じなんです。というのも、それによって自分が性的に支えられているからですよ。で、そのあり方を自覚しながら同居するという可能性があると、新しいなと思うわけです。

西友のイブ
『電波男』がなぜこんなタイトルになっているかというと、このタイトルは『電車男』から持ってきているんですね。本田さんによると、電車男の主人公であるオタクはエルメスという現実の女性に恋をして、成就して、三次元に帰るという物語だそうです。『電車男』では、オタクが現実=三次元に回収されるものとして描かれているんですよ。

メリノくん
オタクが下位に置かれているわけね。

ヅラ夫
オタクっていうよく分からない存在からエルメスによって、一般人に引き上げられたという話なわけなんですよ。

西友のイブ
もちろん、引き上げられてそれで幸せなら一向にかまわないんですが、そういう酒井さん的な方向に回収されてしまう道しかないのかと思ってしまう。

ルン
そんな二分法的なものはもう古いよ!

チェブ
うまく折り合いをつければいいんじゃないですか、マニアックに好きなものがあって、それをやめろっていうことはできないですから。

ヅラ夫
僕はそれをまさに問題にしたくて。マニアックに好きって言ってもさ、例えば音楽とかアートのオタクなら、まだいいわけだよ。でも、二次元オタクっていうのは、趣味がリアルに性的な関心のコアな部分に関わってきているわけでしょう?そういうものをどういう風に考えるかって話だと思うんですよ。

西友のイブ
ヅラ夫さんの話だと、二次元で美少女と性的な関係になっているのと、三次元の女の子と性的な関係になっていることは根本的には変わらないということですよね。でもそこで二次元の美少女キャラを性的対象としてみなして、三次元では実際の奥さんがいて、という男性のありかたを女性はどう思うか、ということですよね。

ヅラ夫
女性じゃなくて男性でもいいんだけども。例えば村上春樹は、ずっとそれをやっているわけですよね。『ねじまき鳥』なんかで、奥さんは「実はものすごい不倫してて、誰かれ構わずヤってて性病にもなりました」って報告をしてくる。それでも僕は待ってます、やれやれって話でしょう。あれは、現実に性的関係があったというよりも、消費文化の中では、ありとあらゆるものに性的なまなざしが向けられてて、消費って行為がセックスそのものってことの隠喩でしょ。そんな状況の中で、自分を支えてくれる人を性的に拘束するかどうかが問題になっていると思うんですよ。

ルン
二次元の問題、なぜ三次元の恋愛関係と両立しないかということに関して、そこに一つ問題があるのは確かです。要するに美少女が出てきて、性的な欲望が三次元のリアルな女性・男性に向かわない。二次元のキャラクターに性的な欲望が向かっちゃって、三次元の恋愛感情が切り捨てられる、とこれまでは思われていたと思うのです。いまも伝統的にそうだと思います。そこが乗り越えられると多分新しいと思うのです。

西友のイブ
僕もそう思うのだけど、このままだと、そういう男のあり方を、女の人に認めろ、というあり方になってしまう。自分は美少女キャラも好きだし、リアルの女性とも関係を持ちます、そういう俺の欲望を認めろという話になっちゃう。

ヅラ夫
そうなんだよ、だからチェブさんの言うとおり、隠してやっとけばいいわけ!

一同
爆笑

チェブ
そうなんですよ。どうしてわざわざ自分からそういうえっちなことは二次元でやってます、とぶっちゃけちゃうの?

西友のイブ
それは浮気はうまく隠せってこと?(笑)

チェブ
それは全部秘密なしで共有したい人と、聞いちゃったらなかったことにできない人とで気持ちはわかれるだろうけど、私は聞いちゃったらなかったことにできないタイプなので、墓場まで持ってってほしい。で、「ごめんね!でも言ったから許して!」とか言われても許すかな・・・困っちゃうわけですよ。簡単には割り切れない。

西友のイブ
俺、美少女キャラが好きなんですよ、とか言うなと。

チェブ
もしかしたら言える雰囲気の人かもしれないですよ、彼女が。そういう人ならいいですけど、そういうのがだめそうな人だったら、やめとけばいいかなって。

ヅラ夫
たしかに、いうならば、そういうことですよ(笑)

チェブ
空気をよめと(笑)

ヅラ夫
政治の話ですよ、マナーの話。マナーの話なんだけど、でもアンソニー君の話とか聞いてると、いままでマナーの話でやってきたことが、いよいよマナーの話ってだけではすまなくなってきたんじゃないか、と思うわけです。

ルン
マナーとは?

ヅラ夫
「マナー」ですよ。

ルン
しかるべき時は隠し、か。やはりそれが二次元の世界にいきるものの宿命なんですね。

 

Part3へつづく

次回更新をお待ち下さい。

 

 


ゼロ年代の想像力

期待の若手評論家・宇野 常寛さんのデビュー作。2008年に出版。

 


本田透

小説家・評論家。自らが「キモメン」(気持ち悪い面、いわゆる不細工)であり、もてない男(喪男)であることを正面から打ち出し、二次元萌えのすばらしさを主張した。この本で二次元萌えの、現実の恋愛に対する優位を主張し、マスメディアの恋愛観を「恋愛資本主義」と呼んで批判した。現在は『ONE 〜輝く季節へ〜』の川名みさきを「脳内妻」にして、脳内妻や脳内妹などの「脳内家族」と満ち足りた生活を送っていると主張している。他著作に『喪男の哲学史』、『なぜケータイ小説は売れるのか』など。


東浩紀

評論家・小説家。ライトノベルや美少女ゲームをちゃんと論じた人。最近は、小説なども出版している。多才な方。


負け犬の遠吠え

酒井順子著。2003年出版。自身が30代・未婚で子供もいない酒井は、「独身で子供がいない」自分を幸せだというと周囲から反感をかうことに配慮して、「30代以上、未婚、未出産」の女性を自虐的に負け犬と定義し、その刺激的なタイトルと裏腹に独身女性にエールを送っている内容が評価された。


すんどめ

岡田和人作のマンガ。転校生の美少女・早華胡桃と相羽英男の学生生活を軸に、彼女に絶対服従を誓った哀れな童貞高校生の物語。胡桃は「例え世界中の男とsexしても、キミとだけはsexしないし、私から射精させることもしない」と英男に宣言し、それを承諾させている。彼女の「じらし」にただただ為す術なく、耐える英男の幸福を描いたマンガ。


セルフ

朔 ユキ蔵作のマンガ。現在、ビックコミックスピリッツで連載中。なぜか女性にモテて、今までオナニーを一度もしたことがなかった24歳の物語。自分の性の充実は、現実の女性とのセックスではなく、オナニーであることに気づいた24歳の物語。


愛がなくても食べていけます

漫画。よしながふみ作。


スワッピング

自分の本来のパートナーが別の異性と性行為を行っているという屈辱感や嫉妬などが相乗効果となり、性行為の興奮度を高めるというもの。広義ではグループセックスの一種に数えられるが、カップルが単位となっている点で異なっている。

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10/02/17 01:16 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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