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ウルトラ・ミラクル・ファミリーストーリー@映画『泣きながら生きて』


Text:宮田 智史

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現在、ドキュメンタリー映画『泣きながら生きて』(2006)が、KBCシネマで上映されています(4/2までの上映スケジュールは、毎日14:15~)

ただし、通常の興行とは異なって、この作品は、2006年に全国ネットでテレビ放送されたものを再び映画館で上映するという経緯を辿った、珍しい作品です(KBCシネマ以外の公開情報はこちらをご覧下さい)。放送直後から異例の反響があり、再放送やDVD化が待ち望まれながら、肖像権などの問題からお蔵入りになっていた『泣きながら生きて』。もちろん、テレビ番組が全国の映画館で上映されるというのは異例のことです。しかも、その上映にあたって、一人の学生が作品に感銘を受けて尽力したというエピソードも、この作品の人柄ならぬ、作柄を示すものではないでしょうか。

(以降ネタばれを含みます。注意を。ただ、本レビューは、作品の一部分を切り取って書かれた内容となっております。機会があれば、ご覧になることをオススメいたします。)

 

『泣きながら生きて』の主人公・丁尚彪(ていしょうひょう)は、1989年に来日して以来、15年間一度も中国に戻ることなく、苦労して捻出したお金の大半を妻子に送金するという生活を続けています。中国料理屋の給仕、ビル清掃、建築現場での肉体労働など複数の仕事を掛け持ちしながら、深夜まで勤勉に働く丁。そんな彼が家族を残して日本で働く理由は、「娘に一流の教育を受けさせたい」という自分の果たせなかった夢を娘に託していたからでした。

 

文化大革命によって教育の機会を奪われた丁は、「日本語学校に通い、日本の大学に入って成功する」、そんな第二の人生の夢を日本に託してやってきます。彼が希望を膨らませた日本のイメージは、もちろん大都市・東京。そこで働き借金を返しながら勉強する、これが丁のプランでした。しかし、実際に、借金を抱えた丁が通う日本語学校は、炭坑の閉山とともに過疎化が進んでいた極寒の地、北海道・阿寒町にあったのです。もちろんそんな土地に働き口はなく、借金を返すためにやむなく、丁は阿寒町を逃げ出して不法滞在者の身となりながら東京へとたどり着きます。

自らの夢が音を立てて崩れさった丁にとって、残された唯一の希望は中国に残してきた「娘」でした。ただし、不法滞在である丁は、一度帰国すると、二度と日本に戻ることはできない。「娘のため」、そして「家族のため」に15年もの長きに渡る、丁のたった一人の暮らしが始まったのです。

 

一方で、この作品のもう一人の主人公は、丁の一人娘・丁琳(ていりん)です。幼少期に別れて以来8年間、彼女は一度も父親に会ったことはありません。中国屈指の名門進学校に通い、母親と2人の生活。そうした生活の背後に父親の苦労があることは、もちろん丁琳も承知しています。でも、どこか実感できない部分がある。というのも、丁琳にはどうして父親が自分のためにこれほどの犠牲を払うのか分からないからです。制作スタッフが持参したビデオによって父親の苦労を目の当たりにし、涙した後も、丁琳の戸惑いは作品の随所に見受けられます。それでは丁琳の戸惑いとは何でしょう?

おそらく、丁琳の戸惑いは、価値観の多様化または個別化による父親との意識のギャップに由来するものでしょう。価値観の多様化は人々の考え方を支える土台を変えていきます。要するに、それまで<当たり前>とされていた生き方や考え方が<自明のもの>ではなくなってしまうということです。こうした変化の要因は様々ですが、殊に、経済発展とそれに伴う若者の高学歴化が原因とされます。学齢期の延長によってモラトリアムを手に入れた若者は、高等教育で得た知識に基づいて<既成の価値観>を揺さぶり、反発する。その結果、自明の価値観は失効し、価値判断は個別化され、一人一人の選択に任されるようになります。

この作品において父親の丁は、都市化と核家族化を背景に、経済成長する社会の中で、子供(丁琳)に対して高い教育投資を行い、子供が親よりも高い階層に上昇することを望んでいます。しかし、一方で、娘の丁琳は、そうした価値観に、特に一度も帰国することなく娘のために自らの人生を捧げるという父親の価値観に戸惑うのです。なぜなら、丁琳は、本来、「親」というものは丁のように生きるべきとは考えていないからです。自分の父親の生き方が<当たり前>だとは思えない。だからこそ、父親の振る舞いに疑問を持ち、戸惑うのです。

 

ただ、この作品において、丁琳は父親の思いに見事に応えます。彼女は猛勉強の末、ニューヨーク州立大学に合格し、アメリカへ渡って医者になるという自らの夢の一歩を踏みだします。映画のハイライトは、ニューヨークに向かう途中、東京での24時間のトランジットを利用して、父娘が8年ぶりの再会を果たす場面です。流暢な英語を駆使して、臆せず日本の複雑な地下鉄を移動する丁琳。そんな丁琳が日本に降り立って見たのは、父親が働いた中華料理店、娘の写真が飾ってある貧しいアパート、そして記憶よりもずいぶん老け込んだ父親の姿でした。

短い時間を共に過ごした父娘が別れる段になって、不法滞在である丁は、身分証の提示が義務づけられている成田空港まで見送りに行けません。丁は前駅の成田駅で泣きながら無言で別れます。そんな父親の姿をみた丁琳は「私、知ってるの。お父さんが、心の底から私を愛してくれていることを」と泣きながら呟きます。父親と直接対峙したことによって彼女の戸惑いは解消されます。父親の気持ちが丁琳に伝わったのです。しかし、これは父親の価値観や生き方を<当たり前>のものと受け入れたことを意味するのではなく、むしろ、文字通り、父親の愛が伝わった結果です。彼女はその後、無事医師になって、アメリカで働き始めます。丁も、15年ぶりに中国に帰国します。ラストは感動的ですよ。

 

『泣きながら生きて』は丁尚彪とその家族の心温まるきずなを描いたドキュメンタリー作品です。ただし、ここで描かれているような“家族のきずな”が、今後中国でも、起こりうるかは未知数といえるでしょう。なぜなら、ますます、経済発展とそれに伴う社会の流動性の上昇によって、価値観は多様化し、自分の生き方は自分で決めなければならない社会になると思われるからです。従って、本人がいくら相手のためを思った行動を取ったとしても、必ずしも相手がそれを喜ぶとは限らないということを意味します。つまり、父親の思いに反発する丁琳、あるいは父親の期待に押しつぶされる丁琳という物語もありえるわけです。それは家族の中で、否が応でも起こりえます。

 先に経済発展をとげ、成熟社会などという言葉が一般化した私たちの社会は、そんな悲劇的な家族の物語を数多く知っています。ただ、そうはいっても、この作品が示す「家族のきずな」は、個人の価値観の多様化が限りなく進んだ現代において、非常に希少なものです。そうした意味で、この作品は、「家族のきずな」を希薄に感じてしまう私たちのようなものにとって、すでに失われた家族の理想型のように感じられ、それを目の当たりにして感動を覚える作品といえるのではないでしょうか。映画は各地域で続々公開されています。機会があればぜひ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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10/03/29 03:41 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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