« 泣きながら踊る― AMA... | オラファー・エリアソン ... »

音楽クリエイター・クサノユウキ インタビュー Part1(連続3回)


xano-icon.jpg

インタビュイ―:クサノユウキ
インタビュアー:笹野正和
構成:宮田智史、牛島光、笹野正和
(2010年2月17日@福岡・大橋)

今回は、PCゲーム『戦極姫』や『萌え萌え2次大戦(略)』シリーズのテーマソングでブレイクし、現在福岡で「作曲屋」として活躍されているクサノユウキさんのインタビューをお送りいたします。

クサノさんは、音楽ユニット「イリジウム」のベーシストとして全国各地で演奏活動を行う一方、音楽制作事業「77works」を立ち上げ、ゲーム・アニメ・CM・イベントなど、様々なジャンルで曲を発表されています。その音楽は、ときにアップテンポでノリがよく、ときに熱血で、ときに切なく、変幻自在・縦横無尽の世界観を紡ぎ出しています。

打ち込み・コンピュータ音楽を駆使して、ハイセンスな曲やリズム感のある曲など、多様な音色を生み出すクサノさん。しかし自身は、固有の特徴を持つ「アーティスト」と名乗ることをよしとせず、「作曲屋」と銘打って、様々なジャンル・条件に合わせて曲を作っていく職人的なあり方を目指されているそうです。そこには様々な分野と関連し、影響し合い、相互作用的に良いものを作っていくという、すぐれてデザイン的な思考がうかがえます。

今回のPart1では、そうしたクサノさんの音楽活動の遍歴を、幼少期の原体験から、イリジウム結成~『戦極姫』に至るまで、とことんまでうかがいました。それでは、どうぞ。

 

絶対音感と『ドラクエⅢ』

ドネルモ
まずは、サノさんがこうした音楽活動をするに至った経緯を、ざっとお話し頂きたいな、と思います。同時に、音楽を始めたきっかけや印象に残った作品などを含めて、語って頂けますか?

サノ
それでは私の生い立ちから話しますか(笑)。最初に音楽に関わるようになったのは、3歳ぐらいの頃、物心がつくちょっと前から、ピアノを習い始めたのがきっかけです。当時住んでいたところは長崎の市内なんですが、やや山の奥深くで、友達もそんなにたくさんいるわけではない、そんな場所でした。

ドネルモ
長崎市内だけど、ちょっと郊外ということですか?

クサノ
そうですね。例えば福岡でいうと、背振の麓の辺りをイメージしてもらえればいいかな。でも、あそこはひらけた麓ですよね。でも、私が住んでいた地域は、けっこう谷がちな所で、人の家に行くために、謎の坂を登って降りてしなければならないような所でした。

ドネルモ
村落とか山村といった感じですね。

クサノ
そうですね。ただ、人は結構いるんですけど、やや高齢化が進んでいるような、あまり都会的な環境ではなかったです。

ドネルモ
僕の家も山に囲まれた盆地で、人がほとんどいない場所でした。

 

クサノユウキ・プロフィール
作編曲家・演奏家(ベース)。1979年生。九州大学大学院人間環境学府(教育学)修了。幼少時のピアノ聴音から絶対音感を培い、独学で作編曲を学ぶ。高校時代よりコンピュータ音楽に傾倒し、バンド活動を始める。
2006年大学院在学中に、音楽ユニット「イリジウム」をタカセカヤ(ボーカル・作詞)と結成、ファーストマキシシングル「アルファ」でデビューし、音楽制作・ライブ活動を精力的に行う。イリジウムとしてTOSHI(X JAPAN)や声優・白石稔とイベントを同じくする。
2008年、PCゲーム『戦極姫』OP曲「火群-ほむら-」で高い評価を得る。以降『萌え萌え2次大戦』シリーズOP曲、九州電力CM曲などを発表する。2009年、山元隼一監督の『熱血宇宙人』の音楽を担当し、同作品が「第14回アニメーション神戸」にて優秀賞を受賞する。
一方にて2008年から音楽制作事業「77works」を立ち上げる。現在、イリジウムとしてライブ活動を行う一方、77worksとして多様なジャンルでの音楽制作を展開している。

イリジウムHP http://iridium77.net/

77worksHP http://77works.com/

クサノユウキ(xano_yuuki)のツイッター https://twitter.com/xano_yuuki

 

----- clear -----
----- clear -----

クサノ
ピアノを始めたきっかけは、従姉妹のお姉さんがたまたまピアノの先生をしていて、「ちょっとやってみようか」という軽いノリで始めました。じゃあピアノがものになったかというと、これが全然モノにならなくて。

でも、後から見てみると、その時に手に入れたスキルがあって、異常に耳が良くなったんです。よく巷で言われる「絶対音感」っていうのが、ある程度身につきました。

普通、ピアノのレッスンは30分1コマで、25分くらいピアノの練習をして、その他のことを5分くらいで終わらせるというものなんですね。でも、私の場合は、だんだん聴き取りが面白くなってきて、15分ピアノを弾いて、残りの15分は音当てをするという、独自のカリキュラムをこなしていました。 

ドネルモ
なるほど。それで音に対するある種の感性が目覚めたんですね。

クサノ
そうですね。今から身につけようと思って、身につくものではないですよね。それでなんだかんだで、モノにならないながらも、小学5年生くらいまでピアノをやっていました。好きかというと、そうでもなかったですが。

当時、私が他に何をしていたかというと、ゲームが好きだったんです。それで『ドラクエⅢ』(*1)とかの最盛期だったから、すごくやってたんです。そうすると、やっぱりゲームソングとか弾きたくなるわけですよ。そうやってピアノのカリキュラムとは別に、ゲームソングを弾いてみようという流れになる。ただ、先生に「ゲーム音楽を弾きたい」と言うのは、あまりにも恥ずかしくて気が引ける。だから色々なものを自分で探り探り弾いて、「こうやったら、こうなるんだ」という風に試してましたね。

ドネルモ
それで独学でやることになったわけですか?

クサノ
そうですね。家族がいるときにやるのは気恥ずかしかったので、家族が出払ったときを見計らって、日頃は全然弾いてないピアノの蓋を開いて、色々弾くって感じでしたね。

ドネルモ
それは面白いですよね。習っているのは本流のクラシック。だけどあんまり身近でないから、むしろ身近な曲を弾きたいという欲望があった。ただ、それはちょっとした逸脱だから、こっそり弾くという子供のイタズラみたいな感じだった、と。

クサノ
やっぱり今から考えると、最初の頃に習うピアノ曲は、たぶん小学生の男の子にとっては、女性的すぎるんですよね。もう少しワーッと盛り上がる曲を弾きたいわけです。そうすると、ゲームBGMが盛り上げ担当なので、そっちに耳がいく、ということはあったでしょうね。テンションが上がる曲ですから。

ドネルモ
ワクワクする曲というわけですね。なるほど~。

『戦極姫』

正式名称は『戦極姫~戦乱の世に焔立つ』。2008年11月に、ゲームブランド「げーせん18」から発売されたPC用美少女戦国SLGゲーム(18禁)。戦国時代の武将を美少女化し、シミュレーションとアドベンチャーの要素を組み合わせている。天下統一と魅力的なヒロインとのコミュニケーションを同時に楽しめるゲームとして人気を得たが、絵師間のグラフィックのバラつき、システムの不具合などで物議をかもすことにもなった。2009年11月にPS2・PSPに移植され、2010年2月には続編である『2』が発売されている。

   

『戦極姫』のデモムービー©げーせん18

『萌え萌え2次大戦(略)』

略称は「萌え2次」「萌え戦」。2007年12月にシステムソフト・アルファーから発売されたPC用美少女戦略SLGゲーム。第2次世界大戦に登場した兵器を擬人化・美少女化し、戦略SLGと美少女アドベンチャーゲームの両方を楽しめることがヒットにつながり、PS2・PSP用の『☆デラックス』(2008年)、PCへの再移植版『☆ウルトラデラックス』(2009年)とシリーズ化された。2009年9月には続編『2[chu~♪]』も発売された。

『萌え萌え2次大戦(略)2[chu~♪]』OP©システムソフト・アルファー

----- clear -----

中学時代:住む土地への愛着

クサノ
で、中学に入ると、一旦パタッと楽器との関係が途絶えるんですよ。中高は一貫の学校で、寮に入っていたので、楽器は持ち込まないのが原則ということもあって。ただ、その時は色々と聴いてましたね。それこそ、ゲームサントラのCDから普通のJ—POPや洋楽まで。「普通の中学生が聞くような」といったら語弊があるかもしれませんが、当時だからチャゲアス(*2)なんかに手を出したり。

 

(*1)『ドラクエⅢ』

ファミリーコンピュータ用ソフト『ドラゴンクエストⅢ』の略。1988年に発売され、堀井雄二のゲームデザイン、鳥山明のキャラクターデザイン、すぎやまこういちの音楽などで、当時の子供・青少年を魅了し、社会現象となった。売上本数380万本という伝説的作品。

 

----- clear -----

ドネルモ
中高はどちらの方に通っていたのですか?

クサノ
久留米大学附設でした。全寮じゃなかったんですが、その時はたまたま福岡に住んでいたので。長崎の片田舎から福岡に出てきて、小2から小6までいました。そこで受験とか、勉強などは得意だし、嫌いじゃないからやってみよう、と思って受けたんです。また同じ頃に、親の仕事の関係で長崎に戻ることが決まった。すると、寮があるところが自然にピックアップされたわけです。長崎に戻るという選択もありましたが、なんとなく個人的に、周りの環境もあって、「僕は福岡クラスターの人間だ」と思った(笑)。いまさら長崎に戻るのも、モヤッとするなと思って、運よく受かった久留米附設に行きました。

ドネルモ
するとその頃から、福岡へのこだわり、あるいは都会的なものへのこだわりがあったんですか?

クサノ
そういうわけでもないかもしれない。「住んでる所が良い所」なんです。僕は結構そういうところがあるんです。

例えば、野球の応援とかもそうで、ホークスを応援する一番の理由は、そこにチームがあったから。僕らが小学3、4年の頃にホークスが福岡に移ってきたんです。でもそれまでは、準フランチャイズの西武を、なんとなく応援していたんですね。なんか、「せっかくそこにモノがあるんだから、応援しない手はない」という考え方です。だから、「福岡だから」という気持ちは特に無いのかもしれないですね。

ドネルモ
分かりました。

 

高校時代:バンドブーム~コンピュータ音楽へのめざめ

クサノ
で、高校時代にバンドブームが到来したんですよ。きっかけは『けいおん!』(*3)とすごくかぶってて、それこそ『けいおん!』の第一話を見て号泣してしまった俺がいるわけです(笑)。

 (*2)チャゲアス:チャゲ&飛鳥

(現:CHAGE and ASUKA)の略称。福岡・第一経済大学出身の2人組音楽ユニット。1979年にデビュー後、J-POP界を代表する存在になるが、1990年の「SAY YES」、1993年の「YAH YAH YAH」が大ヒットし、当時の若者層に絶大な人気を博した。2009年ソロ活動に専念するため、無期限活動休止。

 
----- clear -----

友人の一人が、「家の押入れから母ちゃんが昔使ってたアコギ(アコースティックギター)を持ち出してきたよ!」というドラマチックなストーリーがあったんですね。それで、「このアコギで何かやりてえな」という風になるわけです。そのとき、ギターはその友人がやるからいいや、と思って。そうすると、自分ができるパートで、しかも目立てるものはないかと考えて、当時ベースの音に耳がいっていたこともあり、「じゃあベースするわ」ということになったわけです。

このときバンド活動を始めたのが、第二のきっかけですね。それからはシームレスに今とつながってくる。そのとき、昔とった杵柄で、クラシックピアノというかピアノ調音という過去のスキルが、すごく役立つんですね。ぶっちゃけ、楽譜を見なくていいんです。

これって後から考えると、結構大きなスキルなんですよね。何に近いのかな・・・。そう、一般的な感覚に近いところなら、英語が聴き取れるか聴き取れないかの違いですね。書いてあるものを英語で発するということはハードルが低くて、多くの人ができますよね。でも、ぱっと言われたことは正確に聴き取らずに、「大体こういう感じかな」という風に聴くことが多いと思うんです。僕の場合は、そこが明瞭に聴き取れる感じです。「あっ、今言い間違った」と分かるぐらい。

そうするとやっぱり、音楽に対するアプローチも変わってくるわけです。「楽譜がある曲しかできないよ」というのは、「いや、ちょっと(違う)」と思うわけです。元々マイナー志向もあったので、高校時代は色々と冒険をしていましたね。

ドネルモ
自作の曲も作っていたわけですか?

クサノ
気がついたら、自作の曲も作っていましたね。コンピュータでですね。当時、PCはまだ全盛ではなかったので、音楽を作るような専門のミュージックシーケンサーというものをピコピコいじっていました。

(参考:実際に使用していた機材 YAMAHA QY-20

http://yamaha.jp/product/music-production/sequencers/qy20/ )

 それをやる前は、曲を作りたいけど楽器がないので、楽譜を書いていたんですよ。授業中にこっそり楽譜を書くという、今からみるとアナクロも甚だしいことをやっていたわけです(笑)。当時、楽譜に起こしていたのが「X」(*4)なんかの初代ヴィジュアル系やジャパニーズヘヴィメタルですね。今で言うと「東方」(*5)なんかのジャンルにかぶるのかもしれません。ただ玉(音符)が多いんですよ。とてもじゃないけど、書いてたらやってられないわけで。でも打ち込みなら、基本的にコピペも使えるので、(書いてたら)2週間かかってたものが、2日ですむ。それからだんだん、自然発生的というか比較優位的に、コンピュータミュージックに傾倒していくんですよね。

(*3)『けいおん!』

2007年連載開始の女子高生バンド漫画。2009年に放送されたテレビアニメ(制作:京都アニメーション、監督:山田尚子)が、絶大な人気を得た。またバンドがテーマということもあり、音楽・楽器界も巻き込んだ一大ブームを巻き起こした。高校の部活動が舞台の中心だが、ヒロインたちが部活動に打ち込む描写は少なく、部室でまったりしたり、友達の家に遊びに行ったりする日常のコミュニケーションを繰り広げる。登場人物のほとんどが女性で占められ、キャラクターの「萌え」的魅力を丹念に表現している。2010年4月より第2期が放送開始。

 

----- clear -----

ドネルモ
その流れは、ずっと持ってらっしゃる感じですね。

クサノ
そうですね。

ドネルモ
コンピュータを普通の楽器みたいに使って、音楽を作る。生の演奏とコンピュータの演奏との垣根がないみたいです。

クサノ
いまこそ垣根をなくそうとしていますけど、当時はこだわりがあって。音がしょぼかった、ということもありますが、コンピュータはあくまで楽譜のかわりでした。そこで仮の音として出たものを参考に、イメージをしやすくして、むしろちゃんと演奏をしよう、というスタンスで色々と作ってたんです。

ドネルモ
便利だからコンピュータを使っていたわけですね。でも本当はちゃんとした生演奏をしたかった。いつ頃のことですか?

浪人~大学時代:メタルとアニメ

クサノ
16、7歳頃のことですね。それから、高校を卒業して浪人したんですよ。なぜか分からないけど落ちてしまって(笑)。勝利宣言までして、下宿先まで決めていたのに。そうなると、18才くらいの人間はひねくれるわけですよ。で、ろくに勉強もせず、音楽ばかりやってました。それこそ、元同級生の大学生の家に遊びに行ったりしてました。バンド活動とか、そんなことばかりやっていた。

でも、それまでは勉強一直線の中にいましたから、その一年間は自分にとっては意義深い一年だったと思います。勉強一直線の空気から解放されて、無味乾燥なところに放り出されたときに、じゃあ自分は何をしたいのかって思うと、「やっぱり音楽だな」という結論に至った。まあ、そこそこ勉強もやってないと、受かることもないんですが。

ドネルモ
じゃあ、そこで割と自由な空気の中で過ごしたわけですね。そこで音楽に対する思い入れを発見した、と。なるほど。

クサノ
高校時代には3人でバンドをやってたんですが、今から考えるとみんな全然やる気がなかった。それで、九州から出たくないし、めんどいという理由で、九大に行きたい、と。「なんで他のところに出て行かないの?」と言われるレベルの連中が、こじれて九大に行くんです。

で、「せっかく大学に行ったんだから軽音部に入らないの?」と、こっちも(残りの2人に)色々と突っつくわけです。でも(残りの2人は)、「入りたいのはやまやまだけど、いまいち決め手が無くて」と言う。それはずっと三人でしかやってこなかった、ということもある。だったら(こちらは)「もう1年待っとけ」という話になるわけです。そしてもう1年経って、3人一緒に大学のサークルに行ったわけです。

ドネルモ
じゃあ1年遅れたけども、みんな一緒に軽音部に入ったわけですね。

クサノ
そうですね。ただ、九大の「フォークソング部」という名前の軽音なんですけど。どこの大学でも一緒だと思うんですが、看板の名前は昔のままだけど、中身の体質がだんだん変わっていくことが、多々あるらしいんです。部費とかの都合でポンと改名するわけにもいかず、数珠つなぎ的な伝統でつながっている、ということもあります。ちょうど別の大学の名前を出すと、有名なところでは「早稲田フォークソングクラブ(研究会)」があります。その昔、たくさんのミュージシャンを輩出していたところです。爆風スランプとか聖飢魔Ⅱ(*6・7)とか。

 

(*4)「X」

1990年代に活躍したロックバンド。YOSHIKIとTOSHIを中心に、カリスマ的な人気を獲得し、「ヴィジュアル系」の先駆的存在として知られる。1992年に「X JAPAN」に改名し、1997年に解散。1998年のHIDEの急逝時には、一部のファンが後追い自殺をするなどして、社会に大きな衝撃を与えた。2007年再結成。

 

(*5)「東方」

「東方project」の略。同人ゲームサークル「上海アリス幻樂団」によるシューティングゲーム・シリーズと、その派生作品。もともと「弾幕系」と呼ばれる独特のスタイルでPC98時代から10作以上発表されているが、登場キャラクターを題材にしたMADがニコニコ動画で話題となり、広範囲で認知されるようになった。東方のオンリーイベントだけで、数万人が集まるビッグブランドになっている。

 

----- clear -----

ネルモ
信じられないですね(笑)。

クサノ
そこのサークルの空気が、フォークソングじゃなくて、どちらかと言うとフュージョンとかジャズの流れだったらしいんです。そこにへヴィメタルをする痛々しい人たちがいて、「面白いから乗っかろう」という企画から、(聖飢魔Ⅱが)始まったらしいです。

ドネルモ
へー。ひさしぶりに聖飢魔Ⅱの名前を聞きました。

クサノ
それで、大学の話に戻ると、そこで他のジャンルにも触れることができました。ちなみに、まだこの時は、アニソンの「ア」の字もでてきてないですね(笑)。高校の時に僕はメタル関係をやっていたんですが、ちょうどその頃にアニメタル(*8)がブームになって来たんですよ。その時に「これは1年もたない。ついては今やろう」と思ったんです。高校の時にサクッと学校の外に出て、ライブをやってしまってるんですね。そこぐらいから、「アニソンも、なんだかんだで楽しいじゃん」という感覚がふつふつとしてあった。それまで聴くものとしての存在だったんですが、「演奏したら楽しいじゃん」と思わせられたのが、その時でしたね。

「アニメタル」という色物のユニットは、さかもとえいぞう(坂本英三)といったへヴィメタルの重鎮の人たちが、ある意味で開き直ってやった。これが大当たりして、盛り上がった。ひょっとしたら、その流れや成功を受けて、後発として「JAM Project」(*9)ができ上がっているのかもしれないですね。

ドネルモ
アニメタルは、あんまり知らなかったですね。いつごろですか?

クサノ
1990年代の真ん中よりも、ちょっと後。まだポスト・エヴァンゲリオンの時代ですね。

 

(*6)爆風スランプ(*7)聖飢魔Ⅱ

ともに1980年代に活躍したロックバンド。爆風スランプは「Runner」(1988年)がヒットし、今も高校野球の応援曲に使われている。聖飢魔Ⅱは、デーモン小暮(閣下)など、「地獄から人間界を征服しに来た」という独特の世界観やパフォーマンスによって、一般にも知られるヘヴィメタルバンドとなった。

 

  聖飢魔Ⅱ

ヘヴィメタルバンド・聖飢魔Ⅱ

(*8)アニメタル

1997年結成のヘヴィメタルバンド。90年代から2000年代にかけてアニメ作品に多く楽曲を提供した。

 

(*9)JAM Project(ジャム・プロジェクト)

日本のアニメソング歌手グループ(2000年結成)。影山ヒロノブ・福山芳樹・奥井雅美らにより、「古き良きアニソンを残す」ことをモットーに、正統派アニメロック的な楽曲やアニメファンの心をつかむパフォーマンスで、アニメソング界を代表するグループとなった。その活動は国内にとどまらず、海外公演を行うまでになっている。『スーパーロボット大戦』シリーズ主題歌など、代表曲多数。

 

----- clear -----

雌伏の時代―『七人の侍』から『フリクリ』まで 

ドネルモ
それに大学ぐらいで影響を受けたというか、インパクトがあったんですか?

クサノ
そうですね。高校の1年か3年の時ですね。でも、それは一回沈んでしまいました。それで、大学時代は割とアニメとは一線を画してました。どちらかと言えば、メタル関連で何やかやとやってました。それで、だんだんイリジウムの話に近づいてくるんですけど。

大学(学部)を出てしまうと、途端に自分の所属するところがポンっとなくなっちゃって、凄くさびしい思いをします。まあ、大学院生にはよく分かられることかも知れないですが。

ドネルモ
大学院生は長くいればいるほど、そうですね。

クサノ
うわっ、周りがごそっと減った!」という、あの感覚ですよね。そういうさびしい感じもありました。 また、大学を出てしまったら、自分も研究者一本で進んでいくもんだ、というような意識もありました。だから音楽に対する未練は、実はそんなに無かった状態なんです。ところがところが、大学の中身的にこじれてしまって・・・。それで、種々の事情で大学院に残れないようになってしまい、修士で出なさい、と。

そうなると、自分はいよいよ何をやろうかな、と考えることになるわけです。そして、あんまり身体の調子が・・・今もちょっとそうなんですけど、よくないものですから。ストレスが身体に出るタイプで、全く行動不能というか動けなくなる日が、突発的にポンって出ちゃうんです。まあまあ全然、鬱(うつ)とかからすると軽いものなんですけど。 「ああ、これはいわゆるサラリーマン仕事は絶対無理なんだ」というのが、自分の中でありました。研究者というのは、なんとかそれが回避できる仕事の一つということで、まだ候補ではあったんですが・・・。

それで、どうしようかと思い、すごくもやっとして鬱々とした日々を過ごしたんですね。そうなるとやっぱり負の連鎖が起きて、かなり、クッと引き下げられるわけですよ、気持ち的に。それで、半引きこもりみたいな状態になったんです。その時に、本格的にぽっかり心の中が空いちゃったような状態になった。そうなると、無理矢理でもやることを詰め込まないと、必ず良い方向にはいかない、ということは分かってました。それじゃあこの際、一回死んだ気になって、今までやってなかったことをやってみよう。じゃあ何がいいかなと考えて、思いついたのは、「そういえば今まで自分はひねくれもので、本当に通好みの作品や王道を外れたところで評価の高いものにしか触れてこなかった。この際、みんながヤァヤァと褒め称えている王道に触れよう」ということで、映画を見始めたんですよね。それこそ映画館に行って見るような映画じゃなくて、昔のマスターピースをDVDやビデオでひっぱり出してきて、それを見ようと。

ネルモ
例えば、どういうものを?

 

 

----- clear -----

クサノ
やっぱり一番印象にポンと残っているのは、黒澤の『七人の侍』(*10)です。

ドネルモ
本当に王道ですね?

クサノ
ええ。それで「これはやべえ」となったんです。で、それと合わせ技で『スター・ウォーズ』とかを見たものだから、「ああ、なるほどね」みたいなところもありました。

ドネルモ
ちょっと話を戻しますが、それまではどういうものを見られてたんですか?

クサノ
・・・やっぱり割と音楽一本槍だったのかなあ。

ドネルモ
今までの話だと、メタルとかですか?

クサノ
ええ、そうですね。メタルも、本当に日本の国内には置いてなくて、海外だけでプレスされたような輸入盤を買ってみたりしてました。そういう、「こゆーい」生活です。まあ、インターネット時代では、もうありえないようなやり方ですよね。今では、YouTubeで聴くレベルですよ、たぶん。

ドネルモ
でも、その時代には普通の店に置いてなかったようなものなんですね?

クサノ
そうですね。ちょうど真ん中に、いわゆるヘヴィメタル・ハードロック専門誌というのが、唯一の情報源としてありました。それを見つつ、「こいつらなんか良さそう」と思って買う。結局、ジャケ買いということはあるんですけど、数珠つなぎ的にまあまあ的は得てくるんです。そういうので色々と、深い深い道に入っていくんですよ。

(参考:BURRN![wikipedia] http://ja.wikipedia.org/wiki/BURRN!)

ドネルモ
その頃は反主流意識のようなものがあって、ちょっとコアなことをやってるという意識があったわけですか?

クサノ
そうですね。深い所に行けば行くほど、視野が狭まるのは、今から考えると当然の理(ことわり)なんです。だから一回、本当にフラットにして、グッと俯瞰に戻しました。まあ、自分の中のちょっとした再生の作業ですよね。そうしてみると、「映像作品って素晴らしいな」と思い当たった。

 

(*10)『七人の侍』

1954年に発表された黒澤明監督による時代劇映画。シナリオやアクション、志村喬を始めとした俳優の演技など、多くの点でずば抜けた評価を得ており、国内だけでなく世界の映画史に残る名作といわれる。『七人の侍』を含め、黒澤映画は『スター・ウォーズ』の監督・製作総指揮であるジョージ・ルーカスにも多大な影響を与えている。

七人の侍・予告編

 

----- clear -----

その流れで見たのが、『フリクリ』(*11)なんですよ。僕にとっては、映像と音楽のリンクがもう最高だったんですよね。少なくとも、当時の自分にとっては。それで、「あっ、これのためにちょっと人生を使ってみよう」と思ったんです。たまたま何かで流れてた第2話なんですが、「これだ!」という感じでした。

「イリジウム」結成~アニソンライブデビュー

ドネルモ
5、6年前になりますか?

クサノ
そうですね。6、7年か5、6年くらい前ですね。たまたま、それがきっかけです。それから、今のウチ(イリジウム)のボーカルのタカセという人間が、歌を歌いたくて、曲を作ってくれる人を探している、という話が知り合いづてに来たんです。それで色々話しているうちに、どうもアニメが好きで、アニソンが好きだ、と分かった。「じゃあ、そっち系統も意識しつつ色々始めようかね」と、そういう経緯で始まったのが、今やっているイリジウムですね。

ドネルモ
タカセさんは、プロダクションに最初からいたんですか?

クサノ
ええ。でも、それも本当に数週間前に知り合った、という流れだったみたいですが。

ドネルモ
デビューしたてだったわけですね。そこに作曲する人を探してた、と?

クサノ
ええ。「色々な歌のコンテストとかでも優勝できるくらいの子だよ」という話でうかがいました。

ドネルモ
なるほど。そして2006年にデビューしたわけですね。

クサノ
そうです、そこのプロダクションから出したものですね。ただ、今は結構アニソンを全面にバンッと押し出しているけれど、その時はJ-POPの流通で売ろうとしてた面がありました。だから逆に、どのタイアップとか、あまりこっちから指定しないほうが売り込みやすいよ、という風な話でした。今から考えると多分、ずれたイリジウムですけどね。それもあって、(アニソン的要素を)出してなかったんですよね。

そんなとき、福岡でアニソンのライブをやってる人たちがいるよ、と聞きつけて見に行ったんですよ。たまたま、タカセの所属してた劇団で先輩にあたる方がいらっしゃったバンドでした。それがまあ、いい感じに盛り上がってて楽しそうだったんです。そこで「是非ウチもやらしてください。ただウチらはユニットで、しかもオリジナルもやってるんで、ちょっと端っこに加えてもらえたらいいですよ」ぐらいの感じで申し出たら、いつの間にか次の企画のメインになっていたんです(笑)。

「じゃあ、やらないといけないなあ」みたいな感じで、ちょっと本腰をいれて、それこそ会うべき人に会って話をしました。そうやって動いていったことが、多分いまの福岡のアニソン界隈にいるきっかけになってますね。

 

イリジウム画像

イリジウム 写真

 

(*11)『フリクリ』(FLCL)

2000年から2001年にかけて発売されたオリジナルビデオアニメ(OVA)作品。『新世紀エヴァンゲリオン』で知られるガイナックスとProduction I.Gによって制作された。漫画風の画面を何分間も用いるなどの実験的な作風や、記号性が高くテンポのよいスタイリッシュな映像、意味や整合性に囚われない破天荒なシナリオといった特色を持ち、国内外から高い評価を得た。ちなみに、英語吹き替え版のタイトル“Fooly Cooly”を意訳すると「バカカッコいい」とも言える。

フリクリ・イメージ

『フリクリ』イメージ©GAINAX/Production I.G

 

----- clear -----

ドネルモ
それがデルタポップ(*12)ですよね?

クサノ
デルタポップではないです。デルタポップというイベントがあることは、ちょっと前からうかがってたんですが、これはそこから派生したイベントですね。「演奏もやっちゃえ」というイベントで、「A-POP☆ちゃんねる」(*13)という銘を打って始めてみたのが、僕が最初に行ったイベントらしいです。 

ドネルモ
魚住さんが主催ですか?

クサノ
そのイベントは魚住さんではなくて、学生企画として、本当に(デルタポップなどアニソン系DJイベントの)スピンアウトとして始められた企画でした。それで、面白いから2回目やりましょうよ、という風につっついた形になりました。それで、色々と周りで話を聞いていくと、なんかすごい人がいて、「実はね、全国クラスのシンガーを呼ぼうと思っとるっちゃん」と。(爆笑)

ドネルモ
www(爆笑)話がでかいですねー。

クサノ
でも本当に、それだけ壮大な試みがありました。そこで、じゃあ色々と協力させてよ、と言ったんです。たぶんA-POPも今後続いていくけれども、ちょっと違う路線で全体のパイを膨らませていければいいな、みたいな話はしてたんですが、本当にその後に大物をちゃんと連れてきた。

 

(*12)デルタポップ(DELTA POP)

福岡を拠点に開かれているアニソン・ゲーソンクラブイベント(魚住太郎・主宰)。2007年にvol.1を開催して以来、徐々に人気が高まり、数百人を集める福岡を代表するクラブイベントになっている。隔月開催。詳しくは、当サイトの「魚住太郎インタビュー」を参照のこと。

(*13)「A-POP☆ちゃんねる」

2007年に第1回が開催された。アニソンを中心にしたライブイベント。福岡にオタク的なライブイベントを根付かせた火付け役的存在。詳しくは『ニコニコ大百科』を参照。

 

----- clear -----

そのすごい人の主催のイベントが、「アニメトライブフェス」(*15)というんです。この前のデルタポップ(vol.10)のバンド組の母体のほうですね。そこがワーッとやって、大物を「ビート・ステーション(BEAT STATION)」(福岡市薬院)に呼んで、フルハウスにして、という感じです。 

ドネルモ
では、2007年ぐらいからクラブイベントというか、A-POPに参加したんですね。さらに福岡のアニソン界にも積極的に関わるようになったんですね。そして、全国レベルの歌手が来た。

クサノ
ええ。

 

福岡のアニソンシーンとオタクの変化

ドネルモ
じゃあ、そのあたりで福岡はこれから盛り上がるよ、というある種の活気みたいなものがあったんですね?

クサノ
そうですね。活気みたいなものは、やっぱりありましたね。(外から来た人間が)「ありました」と言うのは変かもしれないけど、外から来たから分かったんですよね。どうしても、自分の知ってる既存の福岡の音楽シーンと比べちゃうものですから。

ふつう「福岡でライブをやる」とはどういうことかというと、お客さんはみんな腕組みをして見てて、前の方にお客さんは全然いないんです。ステージ前列中央にパカッと「穴」が空いてて、すごく遠巻きに見られているライブというのが、デフォルトだったんですよね。ところが、いざアニソンのライブに来てみたらお客さんのテンションがハンパなくて、「なんだよ、お前ら、バラードなのに、オイ!オイ!って、意味わかんねえ」みたいな(笑)。

ドネルモ
(笑)ノリが違う、と?

クサノ
そうなんです。でもあの場を見たら、ちょっとでもアニソンが好きだったら、やってみたくなるのは、やっぱり自然の理屈なんだと思います。本格的に「お客さんとかどうでもいいよ」という風に思ってない限りは、すごく、うん(と実感をこめて)、心地のいいステージですね。

ドネルモ
ああ、そうですか。そういうのは、本当に最近なんですねー。

 

(*15)アニメトライブフェス

2008年から数回にわたって開催されたアニソンライブイベント。ゲーソン・ニコニコ動画関係も演奏され、会場はスタート時から熱狂的なファンによって、すさまじく盛り上がる、とされる(『ニコニコ大百科』より)。イリジウムは2007年12月の「2」と2008年12月の「4」に出演。

----- clear -----

クサノ
そうですね。でも、潜在需要はずっとあったのかもしれないですね。だから、ファンを作っていったというよりは、発見されていった、という感じが近いのかもしれないですね。ちょうど「隠れキリシタン」(*16)みたいな。

ドネルモ
そうか。いや、本当に隠れキリシタンかもしれない。僕は(クサノさんとは)ほとんど同世代で、1978年生まれなんですが、’90年代にそういう雰囲気って無かったと思うんですよ。アニメ・アニソンで集まって、みんなでワーッと言ってて、アニソンがコミュニティやコミュニケーションのツールになるようなことは無かった。ただ、それこそ’00年代の中盤ぐらいから、みんな枠がはずれたというか、締め付けが無くなったみたいに、それを楽しむ感じになったのかな。特に若い人はそうかな、と思うんです。

クサノ
そうですね。だから、という訳でもないんでしょうが、第1回のA-POP☆ちゃんねるは、学生さんがメインで動いてました。学生発信なんですよね、これは。

ドネルモ
2007年に第1回ですか。デルタポップ以外にもあったんですね。

クサノ
そうですね。今はもう5、6回ぐらいにはなってるのかな。

ドネルモ
わかりました。大分近づいてきましたね。

クサノ
そうですね。あとは・・・。もうちょっと近づいていく所も話したほうがいいですかね。

ドネルモ
どうしましょうか?

クサノ
じゃあ、せっかくだから、その後のこともちょっと話しますね。(話の長さ的に)凄い冒険談みたいになっちゃうんですけど(笑)。

ドネルモ
じゃあ、お願いします。

 

福岡発のオリジナルミュージック

クサノ
何を話そうかな・・・。あ、そうか。そんな流れで僕らも、その後のステージで色々やらせていただきました。ただ、「やらせていただいた」という風に言っても、そこのコミュニティに100%収まりきれてるかというと、どうしても収まりきれない部分がありました。要はコピー志向かオリジナル志向か、という面が必ずあるんです。

もともと、こちらの福岡の場が求める空気としては、「(いま)盛り上がっている」「かつて流れていた」ところのアニソンを聴きたい。でも、我々イリジウムとしては、どちらかと言うと、「ジャンルとして」とか「聴いた感じ」としてのアニソンをやりたい。ぶつかるんですよね。例えば、結局のところ知名度には勝てない、と言われたりします。まあ、デルタポップでも必ず言われることではあるんですが。

それでもなお、自分たちにはもともとプロ志向という気持ちがあります。「これから逆に福岡からアニソンを作ろう!」という方向にいきたい。自分たちのアニソンっぽい曲が、タイアップされてアニソンに上がる、という形をモデルとして描いていた部分がある。だから、どうしてもそことはぶつかってしまうんですよね。

ドネルモ
コピーバンド的な受容と、プロ的なオリジナル志向がですか?

クサノ
ええ。そういうジレンマ的なものはずっとあります。・・・「ずっと」というのは変だけど、でも今もやっぱりあります。

ドネルモ
時系列順でみると、「77works(ナナナナワークス)」というものを立ち上げた動機は、その辺にあるんですか?

クサノ
動機ですね。まず、プロダクションの方が当時、あまりにも上手く動かなすぎるということで、これは一回ユニットベースで動いた方がいいな、となっていきました。そうなると、「何か受け皿となる団体が欲しいね。最低でも名前が欲しいね」という話になりました。後は、もう大学も出ちゃったし、何かしらやらないといけない。ついては、フリーターとかニートと言ってしまうと、色々と後ろ暗いものがあるから、「自営業始めました」と前向きに言ってしまおう。そういうことで勢いで作っちゃったのが、この77worksという事業だったんです。

最初は音響系をやろうかな、という風に全く違う方面だったんですね。作曲じゃなくて、音響関係の手伝いをしながら、色々と売り込みもやろうか、という感じで考えていたんです。だけど、そっちの音響路線はぱたっと途絶えてしまって、一時期は名前だけになってたんですよね。

ドネルモ
活動は実質的に無かったんですか?

クサノ
そうですね。開店休業です。

その転機が、2008年の末ですね。一昨年の末にまた福岡のアニソン界隈でライブをやってたんですよね。その時はタカセ・クサノの二人だけのユニットでした。いつもはサポメン(サポートメンバー)を呼んだり呼ばなかったりしますが、その時は最少単位でやって、残りは全部PCのオケを使って演奏する。そういうやり方をやってたんです。

すると、そのオケの質がどうも良かったみたいで、たまたま遊びに来てた音楽制作会社の人間の耳にとまって、後で連絡してきてくれたんですよね。1カ月くらい後に。「(これは)マーベラスだ」と言われて、「何かやってるの?」というか「ウチを手伝いませんか?」というような話があっちから振られてきて、こちらも「じゃあ、行きます」と。それで、こっちもテンションが上がってたのと暇だったのと、あとは善は急げというのがあったので、「今から行っていいですか?」という風に言って、ドカッとそこに殴りこんで、一気に仲良くなったんです。それ以来の付き合いなんですよね。

ドネルモ
それはどこですか?

 

(*16)「隠れキリシタン」


江戸時代のキリスト教禁令以降も、密かにキリスト教を信仰し続けた人々を指す。主に九州地方、特に長崎県に多いが、東北などの全国各地に存在した。明治時代の禁令撤廃後も偽装のための仏教などと結び付いた独自のキリスト教信仰を続け、五島列島などでは今でも独特の宗教行事が行われているという。こうした元の意味が転じて、自分の趣味・嗜好を大っぴらにせず、密かに関心を持つ者を指す言葉として使われる。

----- clear -----

クサノ
インビジブル・デザインズ・ラボ(*17)です。

ドネルモ
前のプロダクションは、ちょっと違うんですか?

クサノ
前のプロダクションは、本当に芸能的なプロダクションですね。アーティストのマネジメントをしたりなどの業務が主です。一方で、インビジ(ブル~)は音楽そのものを制作するほうで。よく「音プロ(音楽プロダクション)」と「制作」という風に、言葉としても分けられる所ではあります。マネジメントをする所と、下請けの制作と。

だからどちらのプロダクションにもちゃんと掛け持ちで所属もできます。ぶつかる所ではなくて、例えば学校とクラブみたいな感じです。

ドネルモ
分業してるんですね?

クサノ
ええ。分業してるので。

ドネルモ
最近ですね?2008年ですか?

クサノ
2008年ですね。

ドネルモ
わかりました。そうすると、大体そこから『戦極姫』とかにいくわけですね。

クサノ
『戦極姫』の曲は、実はまたそれとは違う流れなんです。

ドネルモ
なるほど。一時間くらいすぎたので、ちょっと一度切ります。

 

(Part2に続く)

 

(*17)インビジブル・デザインズ・ラボ


福岡市天神にあるCM音楽制作会社。スペースシャワーTV「オフィシャルサイト告知映像」、日本ガス協会のCMなど、様々なジャンルの音楽制作を手がける。

 ―――

 さん

 クサノさんの演奏写真

----- clear -----

次回はいよいよ、『戦極姫』『萌え萌え2次大戦』の音楽制作についての具体的なお話を聞きながら、クサノさんのゲーム音楽に対する姿勢、ゲームというジャンルに対する考え方などをうかがっていきます。お楽しみに。

 

 


10/04/14 12:38 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

« 泣きながら踊る― AMA... | オラファー・エリアソン ... »

関連記事

| 音楽クリエイター・クサノユウキ インタビュー Part2(連続3回) | 音楽クリエイター・クサノユウキ インタビュー Part3(連続3回) | 魚住太郎(デルタポップ主宰)インタビューpart3 | デルタポップ@ビーチ | デルタポップ @薬院ビートステーション | 小山冴子(とんつーレコード主宰/tetraスタッフ)インタビュー (1) |


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://donnerlemot.com/mt/mt-tb.cgi/648

コメントする