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オラファー・エリアソン ─ あなたが出会うとき (1) |

《あなたが創りだす空気の色地図》 (注:1)
Text: 中村幸
色や光を駆使した作品によって、人間の知覚の仕組みに問いかける作品で知られる現代美術作家、オラファー・エリアソン(以下:エリアソン)(注:2)。金沢21世紀美術館で大規模な個展「Olafur Eliasson Your chance encounter / オラファー・エリアソン - あなたが出会うとき」が開催されました。そこで遠路はるばる、福岡から金沢へ。全4回にわたって、金沢21世紀美術館の紹介や展覧会のレビュー、そして学芸員の黒澤浩美さんへのインタビューをお送りします。
《あなたが創りだす大気の色地図》
Olafur Eliasson Your atmospheric colour atlas, 2009 Fluorescent lights, aluminium, steel, haze machine Dimensions variable Courtesy of the artist and Gallery Koyanagi, Tokyo Photo: Studio Olafur Eliasson © 2009 Olafur Eliasson
包み込まれる空間的な現象やアートに感銘を受けやすい私にとって、オラファー・エリアソンの個展は何としてでも見に行かなければならない展覧会だった。しかもその展覧会は、数々のメディアで話題の金沢21世紀美術館で開催ということで、大きな期待を寄せて現地に向かう。
2004年に開館した金沢21世紀美術館は、開館から1年間で地方都市の公立美術館としては驚異的な150万人以上もの入館者を集めたことや、美術館設計者の妹島和世(注:3)+西沢立衛(注:4)/SANAA(注:5)がヴェネツィア・ビエンナーレ第9回国際建築展で金獅子賞を受賞するなど、展示内容だけでなく、建築や経営・運営方針までが世界的な注目を集めてきた現代美術館である。
私が今回訪れてまず感じたのは、立地の良さ。街の中心のデパート街、路面店街、観光名所の兼六園の間に位置している。金沢の観光に与えた経済効果は計り知れない。また来館者の多様性と人数にも驚く。カップル、アート系の学生、家族連れ、ご年配の方々等、老若男女が混在して、それぞれが受けた印象を自然に口に出し、また表情が生き生きしている。
入場の際に「ご入場のみなさまへ 注意とお願い」という紙がパンフレットとともに配られた。エリアソンのストロボを使った作品、霧を使った作品などについての注意書きである。霧を使うものなど、当然結露は起こるし、滑って転ぶかもしれないし・・・などなど、安全面を考慮した運営上の配慮は計り知れない。同じく公共施設で働く者として、こうした企画に伴う諸々の難しさを思わず推測してしまう。取材して伺ったところ、霧を多用することで起こる状況の変化に対応し奔走するスタッフも何人かいるらしい。展示を実現するために、努力で補って対応していく美術館の熱意が伺える。美術館の活気、運営の熱意など・・・こんな美術館が成り立っているということだけで、展示以前で既に軽く泣きそうになってしまった。
さて今回の展覧会、図録は取材時には制作中とのこと。そこで、2005年~2006年に原美術館で開催された個展「オラファー エリアソン 影の光」(注:6)のカタログ『オラファー・エリアソン/きみの参画がもたらすもの・きみのリアリティの相対性について』(以下:『参画』)(注:7)やいくつかの雑誌記事を参考にしながら、作品の印象を伝えていきたいと思う。
1967年コペンハーゲン生まれ、現在ベルリンとコペンハーゲンに在住。1989年から1995年まで、王立デンマーク芸術アカデミーで学ぶ。1995年ヴェネツィア・ビエンナーレに初参加以来、シドニー・ビエンナーレ、サンパウロ・ビエンナーレ(いずれも1998年)、横浜トリエンナーレ(2001年)など、世界的な国際展に招かれている。欧米の主要美術館において個展を多数開催する中、2003年、テート・モダン(ロンドン)のタービン・ホールで発表した《The Weather Project(ウェーザー・プロジェクト)》は、特に大きな成功を納め、日本においても広くその名を知らしめることになった。自然界におけるさまざまな要素—光、影、色、霧、風、波を作品に取り込み、鑑賞者の視覚や認識を揺り動かすことについて定評がある。パブリック・アートの代表例としては、2008年にニューヨークのウォーター・フロントに4基の人工の滝を出現させ、作品をとりまく環境との関係をダイナミックに表現したものとして記憶に新しい。他に、自然界の様々な現象や形に関心を持ち、鏡面の多面体の内部に入り、光や像の屈折を楽しむ作品などもあり、そのうちのひとつ《La situazione antispettiva(反視的状況)》(2003年)は金沢21世紀美術館のコレクションにも加えられている。2009年10月にはハラ ミュージアム アーク(群馬)で新しい屋外設置作品も公開された。
建築家、慶應義塾大学工学部システムデザイン工学科客員教授。
日本の建築家。横浜国立大学准教授。
(Sejima And Nishizawa And Associates)建築家の妹島和世・西沢立衛両名による建築ユニット。

《あなたが出会うとき》
ライトの入った黒い筒の切込みが、移動しながら周囲を照らす作品《あなたが出会うとき》(注:8)は、『ルパン三世』でルパンが逃亡の時に照らされるサーチライトがすごく穏やかになったようなものだ。とにかく静かというか、京都の石庭にいる時のように心がふっと落ち着く。自分が照らされる時もあれば、闇になる時もある。芸術でも料理でも風景でも、人が何かと出会う時というのは、その人の年齢、体調、置かれている生活状況、その時に興味がある内容など、受け手の感性の土壌は様々なファクターに影響されている。例えば私にとって、古美術はそれほどでもないが、同行した友人にはいたく感銘を与える。また昔は古美術を気にもとめなかったのに、「やっぱRe Japanだぜ」と思うことも、これから先あるかもしれない。そんな皆既日蝕の時のように千載一遇のチャンス―〈お膳立てされない出会い〉―が、この作品にはあるような気がした。そんな〈出会い〉への問題意識は、エリアソンにもあるようだ。
これらの施設は、空間を利用する観客に対して庇護者ぶった態度をとることによって、いつしか上位者の立場にたつ危険性を避けなければならない。文化施設は、個人的な価値判断、感覚、思考の余地を残さない、一般化され、非・時間的な思想あるいは経験を支持することのないように努めるべきである。
オラファー・エリアソン「波動」(『参画』所収) P.9
上記のような作家の考えは、とくにパンフレットとギャラリー・ツアーに忠実に反映されていたように思う。目録には、エリアソンのステートメントと作品リスト(タイトル、制作年、材質、サイズ)と展示マップが記載されているのみで、年代別の区分けや、作品解説はない。私が参加させていただいた、近隣の商店街の皆さんを招待してのギャラリー・ツアーにおいても、小学生の鑑賞者のリアクションをアシストする程度で、解釈をつけない。鑑賞者が自分で宝探しのように館内で迷い、作品に参加する能動性、作品を通しての身体体験、感覚を妨げることはしない方針には、とても感銘を受けた。もっと知りたい人は質問するなり、アートライブラリーで参考図書を当たればよいのだ。こうした方針の結果、第一印象や勘のような気配を感じ取って能動的に作品に関わっていく、そういった鑑賞者が金沢にはすでに育ってきているようにも思えた。
東京・原美術館にて2005年~2006年に開催された個展。
2005年から2006年にかけて、原美術館、ボイマンス・ファン・ブーニンヘン美術館(オランダ)、マルモ美術館(スウェーデン)の3館で開催されたエリアソンの個展の様子をまとめている。英文はもちろん和文小冊子のデザインもエリアソン自身による監修でまとめられており、作品写真のみならず、論文や対談も収録したボリュームのある1冊。Lars Müller Publisher社より刊行された304ページ・ハードカバーの英文カタログに、原美術館では掲載論文、対談を和訳した小冊子を編集、英文カタログとセット。掲載テキスト:オラファー エリアソン論文「波動」オラファー・エリアソンとイナ・ブロムの対話「明るい影」、マーク・ウィグリー、オラファー・エリアソン、ダニエル・ビルンバウムの鼎談、他

《一色の部屋》
石灰は早くもルネサンス期に、錬金術師の実験室で殺菌剤として用いられた。病院では壁面の消毒に石灰を用いたため白という色がまもなく清潔さを意味するようになった。――20世紀に入り、近代主義者たちが、開かれた清潔な空間こそ芸術的な自己実現の場にふさわしいと信じるようになると、白が画廊や美術館に浸透しはじめ、美術の伝達が行われる施設という枠組みの中で、最も有力な色彩となる。これがいわゆる「白い箱」である。もし石灰が明るい黄色だったとしたらどうだろう。いまではよく知られている画廊の定式は、この色にもとづくものになっていただろう。「黄色い箱」である。そうなれば、わたしたちの歴史はまったくちがうものになっていたにちがいない。
オラファー・エリアソン「鼎談」(『参画』所収) P.26
《一色の部屋》(注:9)という作品は、高い吹き抜けの部屋が黄色の短周波ライトによって、香辛料のターメリック色に染められた<空>の空間だ。中に入ると全ての色がグレーがかった色となり、人肌は老いた印象になる。SF映画のセットのような感覚もあるが、何の作品もない単に黄色くなった展示室である。しかし、この黄色いだけの〈何もないっぷり〉には、足元をすくわれるような深いものがあるような気がした。その感覚は、鑑賞後に原美術館のカタログ(『参画』)での鼎談(2005年、オラファー・エリアソン、ダニエル・ビルンバウム(注:10)、マーク・ウィグリー(注:11))を読んでから、ますます強くなった。鼎談では、建築や美術館の展示空間における<白>につい1ウィグリーが多くの興味深い情報を与えてくれている。
近代建築が本当に白くなったのは20世紀半ばらしい。かのル・コルビュジエは1925年に、白を明瞭、純粋、中立、誠実、率直、清潔などと関連づけながら、「すべては白である、パリ中を白く塗るべきだ」と書いている。では美術館は当時どうであったかというと、ウィグリーによれば、MoMA(ニューヨーク近代美術館)が開館したときは、壁の色はベージュで、その他の美術館で白い壁をみることはなかったらしい。確かにルーブル美術館など古くからある美術館の壁は、深紅、濃紺、深緑などだ。しかし1936年にMoMAの壁が白になり、多くの美術館はホワイトキューブ化してゆく。そこに、〈白=中立〉というイデオロギーがあったとウィグリーは指摘するのだ。
鼎談の中でウィグリーが例に挙げた、ケイト・エリクソンとメル・ジーグラーが手がけた『MoMAの白』というニューヨーク近代美術館に展示された作品は、展示空間そのものについて考えさせられる。ケイトとメルの二人は美術館の資料庫を調べて、寒色系・暖色系と様々な学芸員が選んだ白の塗料を瓶に入れて展示した。学芸員ひとりひとりが完璧な白について各々違う考えを持っており、それぞれの〈白〉がその人には中立な色なのである。ウィグリーによれば、白を絶対視するイデオロギーを守ろうとする人たちは、学芸員であるとされる。かれらは観客に、自分たちが様々な知覚を操作しているとは思われたくないというのだ。
ウィグリー「壁を白くすることによって、かれらはじつは絵を描いているのであり、美術作品を制作しているのです。だからピカソの絵を見ようとすれば、学芸員の描いた絵の上に掛かっているピカソを見るほかない。」
オラファー・エリアソン「鼎談」(『参画』所収) P.25
美術館体験の起こる場として〈白壁を選定した〉ということは、〈白い壁を体験することは体験ではない〉と規定することであり、私たちはそのシステムに組み込まれている、とウィグリーは語る。確かに、デパートのショーウィンドウの洋服も補色の背景、ディスプレイの方法によって見え方がまったく変ってくる。その道のプロがショーウィンドウにも存在するのだから、美術館における展示の方法の時点から既に作品になっているというのはもっともな事だ。
けれども、デパートのショーウィンドウほど多様な主張がないにせよ、美術館でも同じことが起こっているのに、私たちはそのことについて、野菜のヘタのように切り捨てて鑑賞する。この《一色の部屋》は、何にも展示していないくせに、<そういうことになっている>という世の中の枠組みを可視化する、一種の神学のような深い感触を体験できる作品のように思われた。
Olafur Eliasson Room for one colour, 1997 Monofrequency lights Dimensions variable, site specific Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York Photo: Jen Ziehe © 1997 Olafur Eliasson
国立造形術大学シュテーデルシューレ・フランクフルト・アム・マイン学長、ポルティクスギャラリー・キュレイター。哲学研究者。ヴィトゲンシュタインとフッサールの専門家。90 年代後半から現代美術の批評を開始。現在、フランクフルトのポルティクスを中心に世界各地の国際展のキュレーションに参加している。
建築理論家、コロンビア大学大学院 建築・計画・保存学科学部長。
この記事で使用されている画像は、すべて金沢21世紀美術館からご提供いただきました。画像の転載は禁止です。
(2/3へ続きます!)
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