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ドネルモ.func(1)「『1Q84』から読む建築」(講師:土居義岳)レポートPart1


1984から読む建築・チラシ.jpg

テキスト・構成:笹野正和

(2010年1月29日、福岡市南区大橋・ルネット)

小説『1Q84』(村上春樹著、新潮社)は、昨年5月に『Book1』と『Book2』の2分冊で発売され、合わせて200万部を軽く超える売り上げを記録し、文芸界では近年稀にみるヒット作となりました。そして続編である『Book3』が今年4月16日に発売され、話題をさらっています。作品の舞台は1984年の日本をモデルにした架空の東京。30歳くらいの男女2人の物語が、当人たちは直接に接触しないまま、同時並行的に進んでいきます。

ドネルモ.func第1回は建築史家の土居義岳さん(九州大学芸術工学研究院教授)をお招きして、この『1Q84』を巡るテーマについて、土居さん独自の視点から様々に語っていただきました。前半は、土居さんによるプレゼンテーションになっています。その話題は、当時の社会背景や雰囲気から東京の土地ごとの特徴、その消費社会的状況、当時から現在に至る建築界の動きまで、幅広い分野に及んでいます。しかしそこには一貫して、「虚構(フィクション)」的なものの全面化というテーマが横たわっているようです。そして最後は虚構をいかに楽しむかが問題になっていったと思います。

ドネルモ.funcは、専門家を招いて、専門以外のテーマをお話しいただくイベントです。それは、専門家の知見をもとに、異なる分野に対して新しい視点が示されることを目指しています。と同時に、様々な分野に携わる参加者との議論を通して、異なる分野の人々が互いの分野を理解し合う場でもありたいと考えています。その点で、後半に行われた哲学や芸術学、文学などの研究者や建築・デザインの学生からの質問と、土居さんの応答は、知のクロスオーバーと言える場だったように思えます。

今回は、前半の土居さんによるプレゼンテーションをレポートします。それでは詳細に参りましょう。

 

 

文学と建築の共通点〜虚構と現実の関係性

まずは、司会の山内(ドネルモ代表)から、『1Q84』のあらすじと、発売後の主な批評・反応の紹介がありました。主人公は2人。表の顔はスポーツインストラクター、裏では非道な男たちの暗殺を請け負う女性「青豆」と、予備校教師で作家志望の男性「天吾」です。批評としては、バブル経済直前の東京の消費社会を色濃く反映しているとか、作中で出てくるカルト団体とかつてのオウム真理教の類似性、「ふかえり」という少女のライトノベル的キャラクター性が指摘されました。

その後いよいよ、土居さんのお話です。土居さんが村上春樹作品を読まれたのは、ここ数年のことだそうです。「パラレルワールド」という言葉がきっかけだったと言われます。この言葉は、後で村上作品と土居さんの仕事をつなぐ重要な言葉になります。

それから『1Q84』が、左翼運動衰退後の帰農運動やカルト教団を主題にしていることを指摘されました。そして実際に1995年に「地下鉄サリン事件」などで社会に衝撃を与えたオウム真理教に触れられ、その虚構(フィクション)性・幻想性に建築関係者が大きなショックを受けた、と言われました。その理由は、建築家もまた現実とは違う一種の理想を持っている。しかしオウムにおいては非常に禍々しい形で理想が現実化され、そのために建築が使われていた。そういう望ましからぬオウムと建築の共通性が見えてしまったからだ、と土居さんはおっしゃっていたと思います。つまり彼らはフィクションを現実化しようとする点では、きわめて似た存在だったのです。

そして話は、『1Q84』と建築に共通する、虚構性と現実性の関係性に移りました。『1Q84』は、作中で天吾がふかえりの話を下に書いた小説(虚構)が、いつの間にか小説内の現実を構成し、書き換えるようになります。つまり本作は、初めは虚構(ファンタジー)として現れるけれど、しだいに現実(リアル)を改変していく小説の一つのあり方を描いたメタ小説とも言えるでしょう。それと建築のあり方は非常に似ている、と土居さんは言われます。というのも建築もまた、理想・構想などの虚構(架空のもの)が物質化することで、実際に現実に影響を与えていくからです。

1970年代と消費社会~脱自然/虚構化する都市生活

次にテーマになったのは、1970年代の全国的な発展・近代化と、それへの批判としての学生運動でした。70年代は、一方で大阪万博や東海道・山陽新幹線、超高層ビルの建設などの輝かしい近代化と、そうした近代化・消費社会化に対抗しようとした学生運動、さらにその過激化の果ての「あさま山荘事件」がありました。そして学生運動の衰退後、日本は本格的にポストモダン(「近代の後」という意味)に入り、鉱工業の生産を中心に社会ができていた「モダン(近代)」から、消費システムを中心にして社会が動く「ポストモダン」に入ります。

土居さんはこの変化を、実体性(自然性)より虚構性(人工性)を優先するようになったと説明し、『POPEYE(ポパイ)』や『an・an』などの雑誌によって作られる都市・消費文化の台頭を指摘されました。そしてこうした人工的世界は、70年代に青年期だった土居さんにとって、当たり前のものだった、と言われました。つまり、かつての伝統的共同体(家族や村)とのつながりが全くなく、いわば「一つの無」的な存在として、自分をとらえていたそうです。そうすると、その空虚さの中で、『ポパイ』もまた信ずべきバイブルではなく、「ごっこ」的に遊ぶためのネタとしてクールに消費されていた、と言えそうです。

これを『1Q84』と関連づけると、天吾は幼少から父子家庭で育ち、その父ももう遠くの介護施設に入っている。青豆も小学生の頃、両親が新興宗教の熱心な信者になってしまい、思春期には親との関係を切って、完全に一人で生きている。そういうところは、伝統や共同体から完全に自由になった1970年代の空気として、土居さんも共有されている、ということでした。

筆者なりの理解では、ここで言われる虚構とは、ひとまず何か人工的なもの・人為的に作られたものだと言えます。それは昔から自然に存在するもの・現実的なものと対照的だと考えられるかも知れません。

しかし、現代日本においては、一見自然に思える生活や人々の考え方にも、きわめて虚構(人工)的なものに浸透されています。例えば、より自然的でエコな生活に戻ろうと言われる時にも、そうした「自然な」生活を印象的に演出して、人々にエコな生活の良さをアピールする様々な記事やCMが効果を「人工的に」作られています。その時、「人工的な虚構は作られたもので偽物だから単に悪いとか否定すべきだ」とは言えず、現在の私たちの現実(自然)を形作っている不可欠な要素と考えたほうがよいでしょう。そうした虚構によって現実が構成され、動いていく生活が全面化した時代・場所、それが『1Q84』の東京だと言えます。

虚構の中の場所性

次に土居さんがお話しされたのは、作品に出てくる東京各地の個性や、そこに住む人々の特徴についてでした。天吾・青豆・ふかえりの3人が活動する場所には、それぞれ強い特徴があるそうです。例えば、天吾は中央線の高円寺駅に住んでいて、新宿的とされます。そこは、「中央線知識人」と言われたように、インテリ・高校教師などが住む地域であり、かつての学生運動の中心地・新宿に接続している。従って、学生運動最盛期(60年代)の雰囲気を残している。

それに対して、青豆は渋谷的だと言われます。彼女が働いているジムは、渋谷駅始発の東急東横線・自由が丘駅周辺で、大変趣味がよく、東京の文化をある面で支えていた「東急帝国」の沿線だそうです。そして1970年代には、渋谷に「パルコ」や「SHIBUYA 109」が次々にでき、渋谷は現代消費社会の中心になる。そこにふかえりの住む青梅線が加わる。そこはかつての運動の闘士が、中心から離れてひっそりと住んでいるような地域だそうです。

このように土居さんは、ご自身の当時の体験を交えつつ、登場人物と場所の面白い関係性を解説されました。1970年代生まれで、しかも地方の山村で暮らした筆者にとっては、当時の東京の都市的・消費社会的状況を垣間見れたお話でした。

このお話は、現在では当たり前になりすぎて改めて考えることもない消費社会が、歴史的には最近にできたものだ、と教えてくれます。つまり、あらゆるものを商品として購入し消費する社会が生まれたのは、ほんの30年くらい前ということです。それ以前に人々は食料や物品の多くを家庭や共同体の中で生産し、貨幣を経由せず、つまり商品として購入せずに使用していたのでした。これに関して、今では正月前になると必ず商品として売られる「しめ縄」を、祖父が一から作っていたことを思い出しました。かつては稲わらを自分で取ってきて、自分で作っていたのです。そのように、消費社会以前では、生活の大部分が、どこかで作られた商品を消費するという形でなく、直接的に生産され使用されていたのです。

パラレルワールドと「パラレル・ニッポン」

お話の後半は、村上春樹の長年のモチーフである「パラレルワールド」に関連して、土居さんが手掛けられた建築展「パラレル・ニッポン」についてでした。「パラレル・ニッポン」(2006年開催)は、日本の現代建築100点を海外に紹介する巡回展で、過去10年間を「パラレル」という言葉で括ってプレゼンテーションしたそうです。

土居さんが、90年代・00年代の建築を考えた際に、自然と「パラレル」という言葉を思いついたそうです。それは社会は「失われた10年(あるいは20年)」と言われているけど、建築は実現したもの・しなかったものを含めて面白かった。その現実・仮想の両面を含めて「パラレル」と名指した、ということでした。

さらに「パラレル」は「比較」も意味するということで、谷口吉生さんの「法隆寺宝物館」と妹(せ)島(じま)和代さんの「金沢21世紀美術館」を並べて解説されました。それによると、前者は非常に体系的・ヒエラルキー的な構造で19世紀的な考え方の下に作られた建築であり、後者はランダムアクセスで空間ごとのヒエラルキーがなく非体系的である。しかし、互いが逆の発想で作られたと考えれば、すごく面白い、と土居さんは言われます。それをうかがって、おそらく現代は、そういう現実・仮想を行き来する想像的な次元が、ある種のファンタジー的楽しみを生むような時代なんだろう、と感じました。

パラレルな虚構を楽しむ

最後に土居さんは、1995年の「せんだいメディアテーク」でのコンペを引き合いに出され、最終的に伊東豊雄さんの案が実現したが、最終選考に残った古谷誠章さんの案も、非常に魅力的だったと語られました。そして現代は、ただ一つの現実ではなく、同時に異なる現実・可能性が考えられるパラレルな時代だ、ということを強調されていました。

そうした現実と虚構のパラレルなあり方を、『1Q84』は主要なモチーフとしていると言えます。おそらくこの現実と虚構の相互作用的関係を指して、土居さんは村上春樹の作品が、「現実を『建築』するものだ」と言われたのでしょう。

確かに1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』において、すでに現代の状況を先取りするように、パラレルな世界の面白さを描いたのは、他ならぬ村上春樹です。それがその後、ファンタジーと現実世界が奇妙に混在するようなライトノベルやアニメに影響を与えたと言われてもいます。筆者から見れば、今ここにある現実と、ライトノベルのような虚構(フィクション)的な世界を行き来することを楽しむ若者たちは、このパラレルな時代を最大限に享受しているように思えます。 

 

以上、土居さんによるプレゼンテーションのレポートでした。後半は、会場の参加者からの質問と土居さんの応答によるセッションの模様をお伝えします。近日公開です。お楽しみに。

 

 

繝輔ぃ繝ウ繧ッ蝨溷ア・・逕溷・逵・P1290030 [320x200].JPG土居義岳さん(九州大学芸術工学研究院・教授、建築史)

 

 

 

 

 

 

オウム真理教

日本の新宗教団体。麻原彰晃(本名:松本智津夫)により1984年設立。神秘的な教義に基づく共同生活に惹きつけられ、多くの若者が入信した。 1990年の衆議院選に候補を擁立するも全員落選。後に非合法活動化し、「松本サリン事件」(1994年)「地下鉄サリン事件」(1995年)など一連の大量殺人事件を起こし、社会に重大な衝撃を与えた。

村上春樹も、オウム真理教の問題に取り組み、事件被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』(1997年)や元信者らへのインタビュー集『約束された場所で』(1998年)を発表している。

 

 

 

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会場の風景

 

あさま山荘事件

1972年2月に長野県軽井沢で起こった人質たてこもり事件。学生運動の一部過激派だった連合赤軍メンバーが、浅間山荘で人質をとって約10日間たてこもった。事件の模様はテレビを通して全国に実況され、平均視聴率50%以上を記録した。事件後、連合赤軍による集団リンチ殺人事件も発覚し、日本社会ならびに学生左翼運動に大きなショックを与えた。

 

 

 

 

 

繝輔ぃ繝ウ繧ッ蝨溷ア・・逕溷・逵・P1290053 [320x200].JPG土居さんによるプレゼンの模様

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東急(東京急行電鉄)

東京都―神奈川県を結ぶ鉄道路線を運営する会社。実業家・渋沢栄一が1922年に設立した「目黒蒲田電鉄」が前身。田園調布をはじめ、沿線の開発でも有名であり、不動産・リゾート事業なども手がけている。

1976年には「東急ハンズ」、1979年には「SHIBUYA109」を開店し、消費社会における最新流行を作りだしてきた。1984年には、劇場やコンサートホール、ミュージアムを備えた複合文化施設「Bunkamura」構想を立ち上げ、文化事業も開拓している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パラレル・ニッポン 現代日本建築展 1996―2006」

2006年に東京都写真美術館で開催された建築展。1996年から2006年までの日本建築を、「都市」「生命」「文化」「住まい」といった社会状況と絡めながら、対比的に紹介している。安藤忠雄や石山修武、妹島和世+西澤立衛らの作品を収めている。2007年から10年間の予定で、海外巡回も行っている。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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10/04/28 01:54 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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