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ドネルモ・ヒストリエ 第弐話 筥崎宮のおひざもと Part.2


写真:佐々木まどか、牛島光
構成:池田悠南

5月1日、青すぎる空の下で開催されたヒストリエ第弐話「筥崎宮のおひざもと」のフォトレポートPart2をお送りします!

Part1で紹介した前半では馬出の翁別神社・鏡の井、道具山神社、それから筥崎宮を見て回りました。次に一行がおじゃましたのは筥崎宮のすぐそばにある恵光院(えこういん)さんです!

 

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こちらは寛永年間(1624-1644)に筑前国の第二代藩主、黒田忠之公を開基とし、筥崎宮の座主坊である五智輪院、正範大和上によって開山されたお寺です。筥崎宮の…お坊さん?どういうことかわからない人もいると思うので恵光院さんのパンフレットをもとに、ここで簡単に説明させてもらいます。

かつて、仏教と神道の信仰は今のようにきれいに線引きされておらず、混ぜこぜになっている状態でした。この状態は神仏習合などと呼ばれています。ところが明治維新の折に政府により神仏分離令が出され、「仏教と神道はきちんと分けるべし!」という命がくだりました。この「廃仏毀釈」の風は全国各地で神社にあった仏像や経典も壊されてしまうほど激しいものでした。もちろん筥崎宮も、お寺と神社が混ぜこぜになっていましたが、このときに近くにあった社坊もどんどん廃滅していったという経緯があるそうです。この難を逃れた恵光院には、筥崎宮やその社坊にあった数多くの仏像などが移され、現在もその姿を見る事が出来ます。

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今回恵光院で見たかった目玉はこちら。左にあるのが菩提樹の樹です。なんて立派!菩提樹とはブッダが悟りをひらいたと言われる樹です。珍しいですよねえ。この樹は今、少しずつ淡い黄色の花を咲かせはじめています。今年は6月12日の11時から、この恵光院で菩提樹まつりが開催されるらしいですよ。そしてその奥にある燈籠童というお堂の中には、箱崎の海中から出現したと伝えられている十一面観世音菩薩が安置されています。このお堂こそが、天正15(1587)年に豊臣秀吉と千利休がお茶会をした、まさにそのお堂だということなのです!ううむ、この中に秀吉と千利休が座っていたのか。すごい歴史あるお堂で一同もびっくり…。

境内でうろうろしていると、ご親切にもお寺の方に本堂のほうにあげていただきました!

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ここにおまつりされている仏像も、もともと筥崎宮と縁あるもの。しかしこの仏像の美しいことといったら!!御本尊の薬師如来像はもちろん、不動明王像の造形の素晴らしさにみんな感動していました。

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お寺の奥には筥崎宮の歴代座主のお墓もありました!!ううむ、これなんかはまず普通はみられません!!恵光院さん、撮影・掲載許可だけでなく、ご親切に案内していただいて本当にありがとうございました。

思わぬ嬉しいハプニングで恵光院を丁寧に見る事ができ、箱崎もぐっと身近に感じてきました。次に僕らは箱崎から大名行列の街道沿いを通って歩きます。

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通り沿いに神社を発見!こちらも筥崎宮関連の神社です。玉取恵比寿神社といい、お正月1月3日の筥崎宮の行事、玉せせりのスタート地点です。玉せせりは浜組・岡組に別れた競り子たちが宝珠を争い、ゴールの筥崎宮楼門まで運ぶお祭りで、浜組が勝てば豊漁、岡組が勝てば豊作になると言われています。

玉取恵比寿神社から北上し、次に訪れたのは…小さなお堂です。箱崎にはこういう小さなお堂もたくさんあるんです。

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この左に祀られているのが、高麗犬地蔵由来とされています。味のある古びた立て看板の説明によると、当時この辺りの道路を整理しなおすために工事していたところ、土の中から高麗犬(こまいぬ)のような形をした不自然に大きな頭骨が出てきたといいます。これはきっとはるか昔に神の眷属であったのであろうということで、魔除の神様としてこちらに祀られることになったようです。これがなんと昭和40年代のこと。ずいぶん最近のことでびっくり。よくわからないモノが今の時代にはすっかり消えてしまっているというのも、もしかしたら僕らの思い込みかもしれません。と思いながらお堂の隅に目をやると…

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み、水虫地蔵!?「なんだこれ?」「この石が水虫なのか…」「いや、そういえばちょっと模様が水虫っぽい」なんて言いながら、わいわい。水虫に悩まされた方々がお祈りしているのでしょうか。たしかによくわからないモノというのは、まだまだ身近にあるようです。

それから先にバス通りを進みます。この通りは昭和50(1975)年まで西鉄の路面電車が走っていた通りです。現在の地下鉄箱崎宮前駅には、かつては路面電車の駅がありました。そこからまっすぐ走り、現在の九大の正門すぐそばに電車の終点がありました。車僧観音を祀っているお堂を北に曲がると、これも箱崎に住んでいても、散策しないと気づかないようなところに網屋天満宮があります。普段は子どもの遊び場になっている場所です。

まずは境内の端にある鯨塚から。

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この鯨塚は明治21年に13メートルもある鯨を箱崎の浜で捕まえたときに、その鯨の供養にと建てられたもののようです。この鯨塚は、九大の農学部によって祀られたりという様々な変遷を経て、この位置に落ち着いたということです。網屋町という古い町の名前からもわかるとおり、箱崎は昔、漁師町でした。鯨はその大きさから、ものすごい経済効果があったといいます。おそらく当時は捕獲した鯨に大きな感謝の気持ちがあったんだろうなあ。

他にもこの天満宮の境内には色んな面白いものが!「焼けずの観音」と言われる観音様を祀ったお堂、延元元(1336)年の足利尊氏と肥後・菊池武敏による多々良浜の合戦による死者を祀ったと言われる無数の大きな石。またここは、7月の23、24日には「箱崎人形飾り」という縁日の会場にもなります。それからさすが漁師町!というこの2つ。

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左が竜宮神社の前に置かれた、あまりにも立派な鯛の石碑!ううむ、大漁が祈れそう!それから右がちょっとリアルで、ぱっとみたらびっくりしてしまう恵比寿神社の恵比寿さまのお面。お正月、東公園の十日恵比寿神社の大祭は有名ですが、実は箱崎もやっています。こちらは1月3日の三日恵比寿!とはいえ観光化されていない、箱崎の漁師さんによるちっちゃいお祭りみたいです。

さて、この天満宮で今回のヒストリエも終わりです。

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「2時間だったけどあっという間だった」「こういうみんなで歩く機会でもないと、ゆっくり色んなもの見れないよね」「本当にいいお散歩で楽しかったです!」なんて、参加者の方からは嬉しい声をいただきました!!!

箱崎は、今回ご紹介出来ない部分もたくさんあって、本当に魅力がたくさん詰まった町です。これから近々ある箱崎のお祭りのお知らせを掲載しておきます。興味のある方は、一人でもご友人と一緒でも是非散策されてください!

恵光院 菩提樹まつり 6月12日(土) 11時~

筥崎宮 池島殿大祭 6月27日(日) 11時~

箱崎網屋天満宮 箱崎人形飾り 7月23、24日 夕方~

筥崎宮 夏祓祭 7月最終土日

筥崎宮 放生会 9月12日~18日

いかがでしたでしょうか?ドネルモ・ヒストリエは、今後ものんびりと、でも普段はなかなか見る事ができない町をみんなで散策しに行きます!次はここを取り上げてほしい、ここのお祭りをレビューしてほしいなどの情報がありましたら、ドネルモまでご連絡ください。

それではみなさん、またどこかの町で!

(※今回、筥崎宮さんと恵光院さんには写真撮影許可及びWeb掲載許可を得ています。本当にありがとうございました。)

 

 


10/05/10 04:17 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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