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永田壮一郎(kijima sound system)プライベートライブ&トーク


写真・構成:清水聡子

来週10月1日(金)にKICHIでのライブが開催されるkijima sound systemの永田壮一郎さん。そこで今回は、今年4月に箱崎水族館にて開催された永田壮一郎プライベートライブ&トークのフォトレポートをアップいたします!

イベントは19時半開演。開演前には、座る場所がなくなってしまうほどの方々に来場いただきました!

壮一郎さん㈰.JPG

写真右は永田さん、左はドネルモ代表山内です。永田さんと山内は高校時代からのご友人だそうです。最初は永田さんのプロフィール紹介で、高校時代に水泳で全国大会に出場されたこともあるのだとか!

繰り返されるコード、僕のブルース ~YMO『perspective』~

さて、今回のプライベートライブ&トークは、オリジナルの曲と永田さんが影響を受けた楽曲を演奏しながら、あれこれ話すというものでした。 まずは、YMO『perspective』という曲について。高校時代にこの曲と出会い、永田さんは音楽にどっぷりはまることになったのだとか。

YMOの原曲は、ピアノなどのシンセ音の組み合わせや、電子音の無機質な感じとピアノの柔らかい感じとが交互にくる印象です。永田さんはピアノ用にアレンジして演奏し、原曲の柔らかい印象と和音のつながりを際立たせていました。

永田さんによれば、この曲の歌詞では「Every day I open the window.(毎日、窓を開ける)」「Every day I brush my teeth.(毎日、歯を磨く)」「Every day I read the paper(毎日、新聞を読む)」と、何の変哲もない日々の様子が繰り返されている、と。そうしたルーティンに、サビの部分が挿入されてきます。このサビの部分に、永田さんはずっと捕われているのだとか。

永田さんによれば、サビの部分は循環コードになっているとのこと。循環コードとは、際限なく何度もリピート可能で、その部分の繰り返しだけで一曲できてしまうようなコード進行のことを言うのだそうです。サビの部分の歌詞の内容は次のようになっています。

「In the gleam of a brilliant twilight. I see people torn apart from each other. Maybe, that’s their way of life. (輝く夕日のなかで、別れていく人々を見た。これが彼らのやり方なのだろう。)」

この部分にある「torn」という語は「tear(切る)」の過去分詞形で、「断絶された」という意味を持つ、と永田さん。つまりサビでは、歌詞が「別れた」「そこで(関係性 は)終わった」と歌いながらも、その後ろでは循環コードが流れている、というわけです。

別れて、その時点で関係性は終わってしまったかもしれないけれど、依然として明日はやってくるわけで、それでも日々は続いていく。〈別れ〉という出来事に対して、この曲は「それでもいいんだ」としながら、また「さまつなできごとだから気にしていられない」という意味も提示しているようだ、と永田さんはいいます。

だめだというわけでもなく、でも美談にするわけでもない。「ただそこにある」ということ。『perspective』はそうしたあり方についての表現なんだ、とひたすら感銘を受けた永田さんは、この曲が自分にとっての「ブルース」になったと言います。

 

kijima sound system

Kijima Sound Systemは永田壮一郎の主宰する企画である。

改造人間ではない。

演奏する形態は様々で、永田壮一郎一人で行われる場合もあれば、

10人を超えるビッグバンド形式まで

様々である。(他は全員改造人間である。)

もともとの企画の主眼は、音楽単体で表現することに限界があると思っていたので

映像やらにおいやら聴覚と触覚以外の感覚も刺激するつもりだったが、

計算したり企画するのがものすごく難しいので、総合芸術にするのは後回しにした。

今はせめて音楽を一生懸命やっている。

演奏するときはいつも、

知っているのに、忘れていることを思い出してほしいと願っている。

これが目標で、いつもテーマだ。


【略歴】

2002年、弦楽四重奏とバンドプログラミングの同時演奏、同期映像の企画から始まった。 

2005年、大人数ダブルバンド形態の自由即興。、ビルケンシュトックのホームページの音楽を作ったなぁ。 ドラフトというデザイン会社のスヌーピー展用の音楽を作ったなぁ。

2008年、大人数のパターンの自由選択という形態に。

2010年、永田壮一郎一人によるリアルタイムプログラミング、コントロールという形態が主になった。

YMO/Perspective

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壮一郎さん㈫.JPG

永田さん自身、ジャズやブルースに関わる人々が言うところのブルースについてよくよく考え、ブルースとは音楽における強烈なポップだと気付いたとのこと。それは音楽をやっていく上でも、生きていく上でも、強力なモチ ベーションとなるようなものだそうです。

「ビヨンセや前衛のジャズをやっている人たちがいうところのブルースは、南アメリカで生まれ、それから脈々と受け継がれているものなのかもしれない。しかし、僕にとっては、このYMOの『perspective』がブルースなんです。これがあるから、自分は生きていられる。」

 

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ここにも循環が! ~神聖かまってちゃん『芋虫さん』~

『perspective』に続き、永田さんが取り上げたのは、神聖かまってちゃんというバンドの『芋虫さん』という曲でした。どうやら最近、猛烈に感銘を受けたらしいのです。原曲はシンセサイザーとリズム楽器が後ろで流れていて、その上に幼声のボーカルが乗っています。

永田さんは、この曲をギターで弾き語りにアレンジしていました。原曲のほうは、バックのシンセサイザーの音がブワーンブワーンと強烈で、個々の音がはっきりしない印象でしたが、永田さんの演奏では、原曲では聴き取りづらい和音の綺麗さが際立っていました。

永田さん曰く、この曲は、ちょっと聴くと変な感じに聞えるけれども、音楽的には実はすごくきちんとしたことをやっていて、言っているのだとか。原曲はかなり音像が分かりづらいけれど、なんと 『perspective』と同様、サビが循環コードになっているとのことです。

「死にたいな。生きたいな。天使&悪魔。僕の中にわわ。」という歌詞は、支離滅裂ですが、でもこんなにストレートに個人の悩みが吐露された歌詞は 初めてだ、と。後半の歌詞では、現世にコミットできないけど死ねないという鬱々とした状態を繰り返しながら、でも夢では蝶々になって死ねるということが歌われています。

でも夢は朝になれば覚めてしまう。そうすればまた日常がやってきて、現実のなかに戻らなきゃいけない。そんなあり方が歌われる背後では、ひたすら循環コードが流れていると永田さんは言います。いかんともしがたい現実を前に閉塞感に囚われながら、でもそれを嘆くでもなく非難することもなく、また楽観することもない。祝福もないままに、ただただ、循環がある。

ここでもやはり、永田さんの中には『perspective』があるのでしょう。perspectiveを自身のブルースだとするスタンスには、揺らぎがないように思われました。

ライブ&トーク後編ではキジマの曲を中心に、まさに放談でした。機会があれば、またレポートしたいと思います!

 

神聖かまってちゃん/芋虫さん

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10/09/23 03:50 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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