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吉浦康裕(アニメーション監督) メールインタビュー 【ドネルモアーカイヴより】


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(C)Yasuhiro Yoshiura / Directions,inc.

以前、ドネルモでは、『イヴの時間』や『ペイルコクーン』などで知られるアニメーション監督吉浦康裕さんに、メールインタビューさせていただきました。そのインタビュー、新サイトに再録いたします。

このメールインタビューは、九州大学大橋キャンパス多次元ホールで開催された吉浦さんの作品上映会&講演会(2006/6/12)の際に、吉浦さんご本人にインタビューのお願いをし、実現したものです。

最近の吉浦さんのご活躍は、各メディアが取り上げています。つい先日も、非常に高い作品のクオリティとweb配信での公開など、大きな話題を呼んだ『イヴの時間』が、最終回act06を迎えました。エヴァンゲリオン新劇場版:破への参加も、話題となりました。

インタビュー当時は、自主制作の『ペイルコクーン』のDVDが発売されてまもない頃でした。当時の吉浦さんの制作スタンスをめぐるインタビューとして、ファンの方はもちろん、何かをクリエイトする方々へのヒントに満ちているかと思います。それではどうぞ!

インタビュイー:吉浦康裕(アニメーション監督)

インタビュアー:山内泰

構成:山内泰

─〈ひとりでつくる〉ことについて─

ドネルモ
個人制作ということですが、具体的にはどのような意味で個人制作なのでしょうか。また個人制作のメリット/デメリット、吉浦さんが個人制作でやろうとする意図等お伺いできれば、と思います。

吉浦さん
厳密に言いますと全工程を完全に一人で作っているわけではなく、音に関する部分は別のスタッフにお願いしています。完全個人制作なのは企画、脚本、そしていわゆる映像面ですね。音響効果はプロのスタジオの方にお願いしていますし、音楽は実は「ムーンライダース」の岡田徹さんに、劇中歌の作詞は「千と千尋の神隠し」の主題歌で有名な覚和歌子さんにそれぞれお願いをしています。

個人制作のメリットは、まずイメージの劣化が無いことだと思います。スタッフワークだと、自分の中にあるイメージを別のスタッフに伝えた際に、多少なりともイメージがズレたりします(これは良くも悪くも作用すると思います)が、個人制作にはそれがありません。100%自分の想いが画面上に表れます。また修正も容易で、試行錯誤を繰り返しつつ作る作業も比較的スムーズです。それに完成した作品は、必然的に個人の想いが色濃く残る内容になります。これを上手く利用すれば、見ている人に作家としての想いを強く訴えることが出来るのでは、と(幾つかのインディーズアニメ作品を観るにつけ)思ったりします。

デメリットは一にも二にも手間だと思います。アニメは総じて手間がかかりますよね。そしてそれを補うのは本来ならば「人手」ですから、そういう意味では間逆なんですよ。故に、個人制作である程度のボリュームの作品を作ろうと思ったら、なんらかの「工夫」を施さないと現実的な時間では完成しないと自分は考えています。それは作画の動きを制限して見せる手法だったり、3Dの特性を上手く利用したり、様々だと思いますが。

そんな中、今まで個人制作を続けた意図ですが、大まかに二点あります。一つは、単純に学生時代の作業の延長(当時は周囲に協力者がいなかった)であること。もう一つは個人で出来るところまでやってみて、その上で「グループならこういうことができるのに」と具体的な欲求が出てきてからグループワークに移りたかったという点があります。全工程を把握することは今後も役に立つでしょうし、どの部分を任せればより優れた作品を作れるかを把握できると思ったのです。
 

─アニメだからできること─

ドネルモ
講演会の際に「アニメでしか言えない台詞がある」とおっしゃっていたかと思います。このような「アニメだからできること」について、より詳しいお話を聞かせていただけたら、と思います。

「アニメだからできること」があるとすると、それが他のメディアでは難しいのはなぜでしょうか。また、「アニメだからできること」を可能にするのは、アニメのどのような要素だとお考えでしょうか。

吉浦さん
これら二つについては同じ答えになりますね。生身の役者とアニメにおける登場人物は、(例えアニメ上で人間のキャラだとしても)別物だからだと思います。アニメの場合、キャラクターに匿名性が出てくるんじゃないでしょうか。実写の役者がある台詞を言ったとして、それを生身の人間が言うと、大げさに感じたり、情感が非現実的だったりする。それは生身の役者に視聴者が自分の実体験を強烈に反映させてしまうからではないでしょうか。でもアニメの場合、その台詞を言うキャラクターは絶対に「生身の人間」ではありませんから、生身の…現実の人間が発する言葉と認識する必要が無いんです。もちろんだからと言って、アニメのキャラと生身の人間が100%違うわけではありませんが、その虚構性のバランスが上手く取れているのだと思います。外見的デザインがそうであるように、精神面も言わば生身の人間のデフォルメなんじゃないでしょうか。

ドネルモ
講演会の際に「《ド》:「ペイル・コクーン」における「あなたを忘れない」という台詞、また地球を守るといったメッセージ性に、「アニメだからできる」という意図を感じたのですが、これまでの作品でこのことを意図されたものはあったのでしょうか。

吉浦さん
これら二つに《吉》:これは作っている最中は案外気にしなかったりします。ちなみにこの台詞ですが、これはまず最初に歌詞があって、そこからそのキーワードを劇中に組み込む形で使用しています。

ドネルモ
講演会の際に「《ド》:「このメディアだから(こそ)できる表現」について、吉浦さんが影響を受けた作品やクリエーター、またそのような表現をしている作品やクリエーターについて、お聞かせいただければと思います。

吉浦さん
これら二つに《吉》:数点挙げるのは難しいですね。自分は「この作品!この人!」といった具合で支持するよりは、とにかく沢山の作品を観るタイプでして…。ですから影響については、「ペイル・コクーン」の場合に限って列挙してみます。
<分かりやすい例>
未来世紀ブラジル/BLAME !/マイノリティ・リポート/リング/
押井守作品/ハイライン作品
<分かりにくい例>
ばんけい幼稚園/THX-1138/ウルトラセブン/ラ・ジュテ/etc...
 

─記録(歴史)を巡る問題について─

ドネルモ
(メールでもおっしゃっていたように)《ペイル・コクーン》では、記録に真理性と虚偽性が混在するという問題が扱われていました。普段何気なく「保存する」データに対するこのような視点/感覚をお持ちになったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

吉浦さん
これら二つに《吉》:この企画は、最初に「記録」というモチーフありき、ではないんですよ。もともと最初に「中篇アニメを作る」という目標からスタートしたんです。まず企画のモチーフの一つとして、以前から好きだった「純SFモノ」をやろうと考えました(古典的なSF作家の小説に出てくるような世界観や物語って、日本のアニメでは意外と描かれていない気がしていたので)。そこで次に考えたのが、単に「純SF」で物語を作るよりも、そこに意外なものを組み合わせたほうが面白いのではないか、ということです。そこでもう一つの興味の対象である「アニメにおけるミュージカル」を思いつきました(ディズニー作品のミュージカルシーン等が好きだったので)。

さて、そこで「退廃的な未来世界」と、そこに場違いな「ミュージカル」が存在するにはどういうシチュエーションが必然性をもつか、を考えたんですよ。その結果思いついたのが、過去の記録として登場させることです。そこから逆算して、「記録」というモチーフ、「記録発掘局」という施設、職業、ストーリーのスジが演繹的に浮かび上がったというわけです。

ドネルモ
《ペイル・コクーン》の「記録」、《キクマナ》の「本」といったモチーフと登場人物の関係からは、過去の記録ないしは記憶に現在が圧迫されているような印象を受けました。モノゴトの価値が(過去の集成としての)「歴史」の正統性の上に成立するというのは近代的な考え方(モダニズム)です。もっとも近年ではモダニズム的思考の功罪が語られ、「唯一絶対の価値などはない」とするポストモダンの時代だと言われます。この状況について、吉浦さんが特に意識されていることはありますか?

吉浦さん
これら二つに《吉》:上記の理由で結果的に「記録」をモチーフにすると決めてから、しばらくこの問題を考えました。劇中に出てくる記録は全て「ありのままの記録」ですが、それを見る人間側(これはそのまま観客でもあります)にある種のフィルターがかかっているがゆえに、別の結論、解釈を導き出しているのがこの作品のテーマ…というか仕組みです。ですのでご質問の「ポスト・モダン的価値観」には非常に共感します。特典である「もう一つの発掘記録」の中にも反映されていますが、現在の価値観で過去の記録的事実を捉えることは出来ても、当時の価値観や善悪の判断基準とは必ずしも一致しないだろう、ということは常々考えています。もちろん、感情的には理解できないことのほうが多いのも事実ですが(例えば、現在の家族構成が最も健全で、子供は実の親に育てられるべきだ、という考え方から離れることは、私にはまず無理です)。

ドネルモ
ポストモダン的な状況の特徴として、歴史的正統性の上に成立するハイカルチャーとされてきたハイアート(絵画やクラシック)の権威・魅力が低下し、むしろサブカルとされてきた漫画やアニメがカルチャーとしての力を持っている現状が一般に指摘されています。この点について、特にハイアートから受けた影響等がありましたら、お聞かせいただきたいと思います。

吉浦さん
これら二つに《吉》自分の制作工程を振り返っても、映像面、美術面で具体的にハイアートから直接影響を受けているとは考えにくいです。もちろん間接的には影響を受けまくっているとは思いますが(ハイアート→とあるサブカル作品→私の作品)。強いてあげるとすれば、企画、脚本で舞台劇からの影響は受けていると思いますが、それも恐らく現代の大衆劇ですね。古典劇の影響を受けた現代の戯曲の影響を受けているといえば、やはり間接的でしょうか。
 

─アートアニメと商業アニメについて─

ドネルモ
講演会のとき、吉浦さんは(「こう言うと危険ですが…」と前置きされた上で)アートアニメと商業アニメが必要以上に二極分化している状況を指摘されていました。ここで念頭に置かれているアートアニメ、商業アニメは、それぞれどのようなものなのでしょうか?またそこで「アート アニメ」と商業アニメとが分けられるのは、何ゆえなのでしょうか?

吉浦さん
これら二つに《吉》「アートアニメ」という名称が、非常に曖昧で定義すること自体が危険だという考え方もあり、私もそれは良く分かります。ですから(乱暴な意見で申し訳ありませんが)私が言うアートアニメは「アート(芸術)」のアニメではなく、「アートアニメ」という全く別のカテゴリーだと考えて下さい。つまり商業性のあるアニメーションが、ある程度共通の記号や演出の元に成り立っていると考えて、それ以外のものがアートアニメであると私は認識しています。例えば、いくら脚本の構造を抽出しようが美術の技法がどうだろうが、「ハウルの動く城」は商業アニメだと考えています(作家性を前面に出している作品ではありますが)。これはひとえに「絵柄」と「演出技法」で判断した結果です。

つまり私が意識しているのは、難しい分類や根本的な定義ではなく、あくまで「パッと見」で判断して、明らかに「商業系」「アート系」に簡単に分けられる直感的分類方法です。この考察は一見浅いようですが、大多数の観客にとっては、この「パッと見」で判断するのではないでしょうか。

ではそのグレーゾーンに位置する作品は?と聞かれた場合、ちょっと具体例を二つ挙げてみます。押井守監督の「天子のたまご」は、「絵柄が商業&構成がアート」だと感じます。逆に「アニマトリックス」の「キッズストーリー」は、「絵柄がアート&構成が商業」と感じました。

ドネルモ
また吉浦さんは「どちらか一方に与するのではなく、両方のいいところをとればよい」というプラグマティックなスタンスをおっしゃっていたかと思います。アート/商業それぞれの良いところとは、どのようなものだとお考えですか?

吉浦さん
これら二つに《吉》:商業の良いところは、作品の絶対数が多いゆえに、絵柄や演出技法そして技術が洗練されている点だと思います。また観客の大多数がそれらに見慣れている点も重要だと考えます(見慣れていれば受け入れられやすい)。

一方、アートですが、ちょっと別の言い方でまとめさせて頂きます。自分は商業作品の方法論を下敷きに制作し、そのあらゆる箇所(企画、脚本、作画や質感等)において「商業的手法」ではあまり実践されていないエッセンスを取り入れる、ということを積極的に行っています。…こう言うと、「アートと商業の融合」という言い方はちょっと間違ってますね…。上映会の対談での最後に「結局自分がやっていることは商業系アニメだ」と言いましたが、やはりその結論に落ち着くようです。

ただ、企画的に商業作品では(あまり)やられていないことをしたい、というのが本音でしょうか。戦闘シーンの無いSF作品etc...。

ドネルモ
吉浦さんから見て、(自分と同じような)プラグマティックなスタンスにあるクリエイターには、どのような方がいるのでしょうか?
 
吉浦さん
これら二つに《吉》:似たような制作方法に身を投じている方々の作品には、近いものを感じます。新海誠さん、ヤマトワークスさん、粟津順さんetc...。この方々は同時に、影響を受けた、モチベーションを頂いた方々です。

基本的には、アニメ以外の分野では割とプラグマティックな作品は普通に存在すると思います。映画、小説、演劇、漫画等(あ、これはかなり重要なので、最初に言うべきでしたね)。
 

─コトバで語ることについて─

ドネルモ
《水のコトバ》は、主人公に起きた出来事を巡る言葉の戯れがテーマのように感じました。同様に、吉浦さんご自身の作品を巡っても、あれこれ言葉で語られる(感想・批評の)ような状況があるかと存じます。吉浦さんは、自分の作品に他者による言葉が与えられる営みに、クリエーターとしてどのような印象/お考えをお持ちでしょうか。

吉浦さん
これら二つに《吉》:作者が作品を世に送り出すことは、無防備な自分を公の場にさらけ出すことに等しい、という言葉を聞いたことがありますが、これは非常に共感できます。作品に関する評価は、ほぼ直接的に作者本人の(時には人格的な)評価ともなり得るわけですから。これは作品を世に発表する以上、どうしても付いて回る宿命だと考えています。ですから素直に、「褒められれば嬉しい、貶されれば悔しい」と言うべきでしょうか。ただ今現在の自分の作品はまだまだ勉強すべきところがありますし、「これは改善すべきだろう」と自分が考えていることを同様に他者に指摘された場合、「あ、やはり改善すべきだ」と判断することが出来ます。そういう意味ではあらゆる他者の言葉は貴重ですよね。

自分は割と「そういう意見を取り入れたい」という願望が強くて(本当です!)、例えば今現在の企画は、脚本段階からディスカッションをしまくっています。あと、どうも自分は悔しい思いをしてもすぐに忘れるタチのようです(自分ではよく分からないのですが、人が言うにはどうもそうらしいです)。
 

─次回作/今後の予定について─

ドネルモ
《ペイル・コクーン》《水のコトバ》のDVD発売、そしてNHK-ポップジャムDXのオープニングと御活躍中の吉浦さんですが、次回作はどのようなものをお考えなのでしょうか?また、これからやってみたいジャンルやプロジェクトなどがあれば、お聞かせいただければと思います。

吉浦さん
これら二つに《吉》:(先述の質問でも答えましたが)今までは主に「個人制作」を通してきましたが、これは「自分はそういう環境にいた」&「一度、個人制作に納得できるまでチャレンジしたい」という二つの動機が半々で混在していたからです。今はこの制作携帯に未練はありませんし、当たり前のことですが一人で出来ることはたかがしれているなあとも実感しました。ただ個人制作を通して、全作業工程を把握できたこと、及びグループワークを具体的かつ切実に望むようになったことは、非常に価値あることだと考えています。

というわけで今後は、グループワークの確立と強化。そして今までは「個人制作」の制約の元に実現できなかった企画を実現すること。これが当面の進路です。

そして現在勧めている次回作ですが、「ペイル・コクーン」とは雰囲気も発表形態も違うものを制作しております。今までは一作品ごとのスパンが長かったので、その問題も解決したいですね。

今後もとにかく、今までの作品で良かった物は取り入れ、強化し、悪い部分は徹底的に改善してゆきたいと考えています。

ドネルモ
次回作にも期待しております。どうもありがとうございました。(2007年)
 

 

吉浦康裕

1980年生まれ。故郷は北海道、育ちは福岡。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)にて芸術工学を専攻。平成15年3月、同大学卒業。

大学時代に自主制作でアニメーション制作を開始し、作品を国内外で発表。卒業後は福岡にてフリーでショートアニメーション制作を請け負った後、本格的な次 回作を制作。2006年にOVA『ペイル・コクーン』を発売。その後、東京に移住。現在はアニメ業界の仕事をそこそこ請けつつも、新作アニメ『イヴの時 間』を制作中。

吉浦さんの公式サイトから転載させていただきました。)


ペイル・コクーン

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吉浦康裕監督。2006年作のOVA。2004年初頭から制作を開始、2005年に完成。

近未来を舞台に、SF的な世界観を精緻に構築。過去の記憶(情報)が、発掘されたデータ(〈かつてのアイドル〉のプロモーションビデオの断片〉の中から掘り起こされるなど、斬新なアイデアに満ちた作品。

[ S T A F F ]
原案/脚本/制作 : 吉浦康裕
音楽 : 岡田徹
音響 : 大久保和美(サミッツ)
プロデューサー : 長江努    

[ C A S T ]
ウラ : 中尾みち雄
リコ : 川島美菜子
YOKO : 小山裕香
同僚 : 吉浦康裕



 

 


10/10/05 23:52 | コメント(1) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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