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【新春企画】「わたしの2011年たち」 〜古賀徹さんのばあい その1 〜 |
テキスト:古賀徹
写真:古賀徹
構成:宮田智史
ドネルモHP新春企画「わたしの2011年たち」と題しました本連載特集は、ドネルモのスタッフやゆかりのある方々に2011年を振り返ってもらおうというものです。
2011年は例年にも増して、様々なことが起こった年でした。震災や原発、オウム裁判の終結、地デジからなでしこW杯優勝、まどかマギカまで、本当にたくさんのことがおきました。
そんな1年だったからこそ、普段の生活でどんなものに出会い、感動したり、怒ったり、楽しんだりしたのかを、とりわけ極私的で独断と偏見に満ちた視点で、2011年に出会った作品や出来事を通じて紹介していきたいと思います!
第4回目は、哲学者の古賀徹さんの「わたしの2011年」です!今回、古賀さんは2011年12月に訪れたアメリカ・ニューヨークの現状をレポートして下さっています。それではどうぞご覧下さい。
ニューヨークのアメリカ自然史博物館に足を踏み入れると、「我々の政府は、法を通じてその下で実現される自由 liberty の政府である」というセオドア・ルーズベルトの言葉と向かい合う。壁に彫られているこの言葉ほど、アメリカ合衆国の精神を端的に言い表したものはないであろう。
法を通じた自由というこの言葉は、さしあたり「他者加害原則」のことだと哲学教室は教える。その原則は、他者の自由を侵害しないかぎり個人は最大限の自由を保証されると定める。この自由とは他者や政府からの不当な干渉を排除することであり、この消極的な禁止が基本的人権の中核を構成するのだ。
だがこうした理解は自由のもう一つの側面を見落としている。人間の自由はある特定の自然観や宇宙観と分かちがたく結びついているのである。それに私が気づかされたのは、かの言葉が彫られているルーズベルト・ルームから右手に入って併設のプラネタリウムを訪ねたときであった。そこでは宇宙の始まりから地球の成立、そして星の終わりまでが見事な映像と音響技術で上映されていた。それは今まで私が見た日本のプラネタリウムのコンテンツとは技術的にも思想的にもまったく異次元に属するものだった。

左右をアフリカンとネイティブアメリカンが補佐している。玄関の上方には「KNOWLEDGE」の刻文が。
《自然史博物館のプラネタリウム》
メッセージはきわめて政治的なもののように私には感じられた。宇宙のはじまりにはガスがあった。そのガスが引力によって一点に集中し、そこから大爆発が生じ、無数の恒星が生まれる。その恒星はそれぞれに惑星をまとわせる。生命の条件を満たす惑星が生まれる確率は奇跡的だ。だが恒星の無限大ともいえる数こそが、その奇跡を必然に転化する。こうして生命と人類は星から、鉱物から、その成分から生まれる。
私は星屑から生まれ、星屑を身体に宿し、星屑へと帰って行く。物質が「ある」ということ、何もないのではなく何かが「ある」ということ、その存在の力によっていまの私が存在する。そうして生み出された以上、その存在の力を精一杯高めることが私に課せられた責務である。私はそうした自然史 natural history の一部として存在し、義務を課せられている。
《星屑のようなリバティの営み》
存在と生命力への圧倒的な肯定、ユニバースとその存在への疑いなき信頼、これがリバティの根底にある。この存在の力は、他者ではなく、自らのうちにある存在の力を信じて独立することによってのみ、高められる。これに対してそれを弱めるものは依存である。他者や制度に依存して生きるとき、コロニーの中で栽培されるとき、たとえ安全に生きられるとしても、人は生きているのではなく生かされている。だから植民地と奴隷制は生命と、その背後にある自然と宇宙を侮辱する制度なのである。
他者の自由を尊重することで自己の自由が保障されるということのもっとも深い意味はここにある。法は他者のリバティを尊重せよと命ずる。その法を通じて、その法の下で、すべての個人が他者に隷属することなく、また他者を隷属させることなく、自己の力を高める挑戦をなす。それこそがリバティの統治、つまり法による自由という国家プロジェクトなのである。
自然的・社会的な状況がいかに厳しくても、依存の鎖を自らの力で断ち切り、生命と安全をたとえ脅かされても独立してあること、それこそが、宇宙と自然に報いる生き方であり、それこそが高度な文明と文化の先端を維持する。アメリカ合衆国が福祉に冷淡であるのも、社会福祉にどうしても内在しがちな、人間を依存状態に置き、制度によって家畜化する側面への反発のゆえである。それは人間を路上で餓死させるより、人間への最大の侮辱であると見なされる。
2010年、オバマ政権において医療制度改革法が成立するまで、アメリカでは、日本のような国民皆保険制度(先進国では唯一)をとっておらず、公的保険は65歳以上の高齢者向けの「メディケア」、低所得層が対象の「メディケイド」や軍人向けのものなどに限られていた。国民の約3分の2が民間の医療保険に加入する一方、15%にあたる約4700万人が無保険者。医療制度改革法はそうした無保険者をカバーするものであるが、改革に対して、反対運動が全米各地で行なわれた(ティーパーティー運動)。こうした反対運動は、財政的な観点以外にも、政府の関与、他者の関与を極力排そうとする自由主義的な価値観に根ざしたものだともいわれる(注:構成・宮田談)。
《撮影に失敗した自由の女神像》
マンハッタン島の沖合いにある「自由の女神」の原語は、Statue of liberty である。直訳すると「自由の偶像」。それほどまでの自由への信仰は、巨大な社会格差を生み出し、医療制度の恩恵を十分に受けられないほどの人々を数千万の規模で生み出した。自由の偶像はその松明の下で繰り広げられるすべてのそうした地獄絵図を力強く肯定し続ける。なぜなら地獄のうちにも法が貫徹し、そうすることで一人ひとりがその条件の下で精一杯の存在の努力を続けているのだから。それが人間の生きる姿でありそれが尊厳なのだから。
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