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【新春企画】「わたしの2011年たち」 〜渡邉優紀さんのばあい〜


テキスト:渡邉優紀
構成:宮田智史

 

新春企画「わたしの2011年たち」

ドネルモHP新春企画「わたしの2011年たち」と題しました本連載特集は、ドネルモのスタッフやゆかりのある方々に2011年を振り返ってもらおうというものです。

第13回目は、首都大学東京の学生(今春から新社会人)にして、ドネルモが誇る期待の若手ライター・渡邉優紀さんの「わたしの2011年」です!渡邉さんは、昨年大変評判になったアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と同じ年に起こった震災について書いてくださっています。どうぞご覧下さい〜

■以前掲載された渡邉君による「あの花」のインタビュー記事 オススメです!!

【インタビュー】あの日見た秩父の地を僕は忘れることができない【観光課編】(1/3)

【インタビュー】あの日見た秩父の地を僕は忘れることができない【商工会議所編】(1/3)

めんまが教えてくれたこと――震災と重ねて

※多分にネタバレ要素が含まれております。読む際はご注意ください

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』(*1) というアニメは東日本大震災が発生した約1カ月後に始まり、私は未だにその時の感動を忘れない。特に本間芽衣子(以後、めんま)という儚い登場人物には、震災があったからこそ心に響くメッセージがあった。

めんまが事故で死んだ時に、残された超平和バスターズのメンバーは今までの生活を失い、不調和を感じながらの生活になってしまった。それはめんまを失って生まれた弱い部分を隠すためにそれぞれが仮面を被っており、めんまがいなくても満足して生活しているふりをしていたからだ。彼らは決してめんまの死を受け入れていなかったのだ。

 

 

 

 

(*1)『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』

アニプレックス、フジテレビ、A-1 Picturesが手がける完全オリジナルアニメーション企画「ANOHANA PROJECT」として2010年12月に始動した。監督は長井龍雪、脚本を岡田麿里、キャラクターデザインを田中将賀が務め、2008年に放送されたテレビアニメ版『とらドラ!』を手がけたスタッフが名を連ねている。

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《『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』の予告動画

死んだはずのめんまが現れた時、彼らはめんまを意識せざるを得なかった。めんまを意識すれば同時に過去の自分が脳裏をよぎり、被っている仮面に苦しさを感じ、今の自分が本当に幸せなのか悩まなくてはならなくなった。

めんまが現れた理由はめんまがやり残したことがあったからではなく、残されたメンバーが抱えているめんまへの未練があるからだ。特に未練のないめんまは「お願いを叶えてほしい」という曖昧な要求をするしかなく、そのお願いは結果的に超平和バスターズの未練を解消すること、つまりめんま以外のメンバーが望んでいる素直にめんまの死を受け入れることに他ならない。

だから現れためんまはいつも天真爛漫に振る舞える。自分の死んだことはとっくに受け入れて次に何をするかを考えている。うっかり現世にいるのなら存分に楽しもうとしているだけだ。めんまからは過去を受け入れるが決して縛られることはなく、素直さを大切にして未来へ歩き出そうとする意思が感じられる。それをメンバー全員が徐々に感じ始めた。

あらすじ

幼いころは仲が良かった宿見仁太(じんたん)、本間芽衣子(めんま)、安城鳴子(あなる)、松雪集(ゆきあつ)、鶴見知利子(つるこ)、久川鉄道(ぽっぽ)ら6人の幼馴染たちは、かつては互いをあだ名で呼び合い、「超平和バスターズ」という名のグループを結成し、秘密基地に集まって遊ぶ間柄だった。しかし突然の芽衣子の死をきっかけに、彼らの間には距離が生まれてしまい、それぞれ芽衣子に対する公開や未練や負い目を抱えつつも、高校進学後の現在では疎遠な関係となっていた。

高校受験に失敗し、引きこもり気味の生活を送っていた仁太。そんな彼のもとにある日、死んだはずの芽衣子が現れ、彼女から「お願いを叶えてほしい」と頼まれる。芽衣子の姿は仁太以外の人間には見えず、当初はこれを幻覚であると思おうとする仁太であったが、その存在を無視することはできず、困惑しつつも芽衣子のお願いを探っていくことになる。それをきっかけに、それぞれ別の生活を送っていた6人は再び集まり始める。(wikipedia参照)

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P8042295.JPG 《めんまの絵馬、みんなの思いがびっしり

そして彼らはめんまのおかげで自分の感情を表出させ、素直に生きていいことを実感する。クライマックスでは全員がめんまを見つけて再び失うことを受け入れた。受け入れて次に進もうと素直に思えたからこそ、みんなが泣きながらそれぞれがめんまに大好きだと叫び「みーつけた」というシーンは、この上なく感情的で、感動的だ。

大震災は失ったものは計り知れない。しかし平和ボケしていた日本人が感情を素直に表に出して戦う兆しを見せた。現在への疑問、よき時代への回顧、具体的な行動としてデモなどが目立つようになったのはそのおかげだろう。しかしただ素直になるだけでは、子どもの駄々をこねるのと変わらない。大切なことはめんまが教えてくれたように、過去と現在を考えて受け入れ、そこから生まれる素直な気持ちを自分の未来へ繋げるための行動をして、笑いながら生きようとすることじゃないだろうか。

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著者紹介

渡邉優紀(首都大学東京)

首都大学東京、アジア・日本文化論。アニメ・マンガ・小説・ゲームなどのサブカル・オタク文化で経済・芸術・イベント方面を騒がせようとしているオタクプロフェッショナル見習い。長いモラトリアムに終わりを告げて2012年4月から社会人になるが、おそらく生活は今までと何も変わらない。Twitter:@huwayu795


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12/01/26 02:44 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Buzzurlへ追加このエントリーのBuzzurlブックマーク数 livedoorクリップへ追加このエントリーのlivedoorクリップ数 Yahoo!ブックマークへ追加人が登録 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafへ追加 ニフティクリップへ追加 add to del.icio.us add to Digg add to Reddit

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