ドネルモ版『RIP!リミックス宣言』シンポジウム@KBCシネマPart.2

構成:佐々木まどか
文責:宮田智史

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3月14日(日)、KBCシネマにて開催されたネルモ版『RiP!リミックス宣言』(映画の紹介)シンポジウムのPart2の模様をお届けします(当日の様子はこちらをご覧下さい)。今回のシンポジウムにあたっては、三人のパネリストの方々には、自身の専門分野やフィールドを通した<著作権の今と未来>について語って頂きました。

シンポジウム出演者

パネリスト
古賀徹(九州大学大学院芸術工学研究院准教授 哲学)
河合雅弘NPO法人Project Arbalest代表理事/Linuxエンジニア)
桑山篤(ドネルモ『RiP!』プロジェクト発案者)

ファシリテーター
山内泰(ドネルモ代表)

哲学を専門とする古賀徹氏は、著作権に関して、産業/アーティストの対立という不毛な二項図式で考えるのでなく、むしろ、創作活動をよりよいかたちで推進するためにこそ、著作権の再整備が必要だと主張します。また、10年以上同人誌業界と関わっている河合雅弘氏は、日本の同人誌業界では、日常的に二次創作(リミックス)が行われていると指摘し、アメリカにおける著作権のあり方との違いを強調します。そして、今回のプロジェクトの発起人である桑山篤氏は、日本とアメリカでは著作権に関する状況は大きく異なるものの、それでもなお『RiP!』という映画が持つ積極的意義を述べています。それぞれ異なる立場の三人が繰り広げる議論の先に、どのような著作権の未来が想像できるでしょうか。

そして、より多くの方が著作権について再考されるきっかけになること。これこそが本プロジェクトの最も主要な目的です。それでは後半の模様をどうぞご覧下さい。


会場の方からの感想

山内
ミッキーのお絵かき帳の話は、『RiP!』の中盤で紹介されていましたね。映画の中では、お絵かき帳どおりにミッキーを描くと著作権侵害になってしまうという話でした。このことは、日本でマンガを描く場合であれば、中々起こり得ない事態ではないかと思います。ただ、音楽の場合はそう簡単ではないようです。例えば、一般的にDJの方は、露骨に音源を切り張りし、リズムトラックを持ってきて、そこに別の楽曲を挿入するという制作スタイルを取ります。こうした制作スタイルを取るDJは、マンガ同人誌界とは異なる事情を抱えているのではないでしょうか。今日は会場の方にDJの方がいらしているので、コメントをして頂きたいと思います。今日の映画はいかがでしたでしょうか?

DJの方
映画の中に登場した「ガール・トーク」と同じように、自分は、YouTubeなどから持ってきた曲を切り張りして、楽曲を製作しています。同じ制作スタイルを取っているためでしょうが、今日の映画は非常に楽しく拝見しました。自分でリミックスを行う場合、あるJ-POPの曲について、もっと曲が速い方が楽しいかなと思う場合があるんですね。ただ、そうした曲は市場には出回らないわけです。だったら、自分でリミックスをしてしまおうと思って始めました。やっぱり元の曲がある方が、基盤ができていて、アレンジも加えやすいですからね。なので、一から楽曲を作ることは自分ではやりません。

山内
ありがとうございました。これまで、聴取者は制作した楽曲を聴くというあり方しかなかったし、アーティストは一から作曲するしかなかったわけです。しかし、今では、曲のテンポを変えるというレベルで、作曲行為に関わっていく製作スタイルが一般化してきました。こうしたあり方が、リミックスの持っているポジティブな面のように思えます。

今日は会場の方に、著作権に関するご専門の方がいらっしゃっています。映画の感想を一言頂けますでしょうか。 

会場の方
今日の映画を見ながら、<音楽>における著作権の問題はやっぱり難しい事例だなあと感じました。今、リミックスのことが話されていましたが、文字であれば、人が書いた文章をそのまま誰かが書くという事態は想定しずらいですよね。ところが、これだけデジタル機器が充実した時代になると、音楽においては、元曲を使用した制作スタイルが当然のように行われ、著作権に反するような行為も増えてくるのは明らかです。ただこうした事態は、まさにアメリカの著作権局の女性の方が言ったような「オリジナルのものは何もなくなってしまう」というようなことにもつながるわけですね。結局のところ、音楽における著作権侵害は、後で作った人が、前に作った人の曲にどのくらい依拠してるかという曖昧な部分に入り込みます。映画自体の感想は、だいたい知っていることばかりでした(笑)。ただ、「Happy birthday to you」の曲でお金が取られていることは初めて知りました。 

桑山
少し補足をさせてください。作中では説明できなかったのですが、映画が撮影された当時、「Happy birthday to you」の曲は、まだ著作権の適用の期間でした。しかし現在では、「パブリックドメイン」、つまり“誰でも歌って、使用料もなし”というふうになっているそうです。

 

著作権者の人格権について

古賀
著作権については、<作者の人格権の延長>という観点からも考える必要があります。この映画においてディズニーは、“はるか昔の作品の著作権を何度も延長させて、なんて強欲なんだ”というふうに描かれていましたね。しかし実際には昔の作品からお金はほとんど発生しないんですよ。ではなぜディズニーは著作権を延長させたがるのか。それは、作品やキャラクターに対するブランド価値を守ろうとしているからなのです。子供たちが抱いている夢、つまりミッキーや白雪姫のイメージを守ろうとしている。というのも、こうしてブランド価値を守らなければ、ミッキーマウスのキャラクターを使ってポルノ作品が作られるかもしれない。実際にそれをパロディにした「DOB君」(*1)のような作品もあります。アートの世界で村上隆がまさに行ったような事態のことです。そのようなことをやられるとディズニーは大変困るわけです。

作品やキャラクターがリミックスされて、ポルノに使用された例としては、「ジデジカ」事件や「ピカチュウ」事件などが実際に起きています。また、この『RiP!』という映画が全く違った仕方でリミックスされて、産業の著作権の利益保護の手段として流通する事態も考えられます。この映画作品に関して自由なリミックスを認めているゲイラー監督も、そうなればさすがに怒るんじゃないかなと思います。もしかしたら著作権侵害だと主張するかもしれません(笑)。批評の場合は作品を酷評しても著作権侵害にはあたらない。ところが、他人の著作物を「使用」して別の意図を表現すると、著作者の人格権を侵害することになりかねない。しかしこれが人格権侵害に当たるとすると、パロディなどの制作は強い制約を受けてしまうことになる。

山内
そのあたり河合さんはいかがでしょうか?

河合
同人誌業界の中でも、逮捕者が発生する事態が増え、一度東京で著作権に関する勉強会が開かれたことがありました。その時に来られた法律の先生は、「日本の著作権法は、似ていれば似ているほど危ない、それ以外言いようがない」と仰っていました。最近の例でいえば、ご存知の方も多いと思いますが、『ドラえもん』最終回事件(*2)というものがありましたね。結局、この事件も絵が似すぎていて、しかも話も出来過ぎていたせいで、<本物>だと勘違いする人が何千人も何万人も出てしまった。そのために、仕方なく小学館や権利者は動かざるを得なかったわけです。つまり、“似すぎている”ということが、権利者に対する一番の侵害にあたるということのようです。ただし、同人誌界では、“似すぎているのはよくないよね”という慣習のようなものがあります。一般的に、書き手は自分の描ける絵を自分の描きたい絵柄でキャラクターを描くのが普通だったので、明らかに本物と区別が付かないような絵を描く人は、批判・非難される傾向にあります。同人ではこうした状況です。

 

リミックスの功罪

山内
ありがとうございました。それでは少し話題を変えてみたいと思います。映画の前半では、主に産業による著作権の過剰保護といった問題が扱われていました。後半では、表現の領域から離れて、特許違反を犯してまでも抗HIV剤を国民に安く配布したブラジルのエピソードに関連して、表現の領域とは異なる知的所有権の問題について語って頂こうと思います。まずは古賀さん、よろしくお願いします。

古賀
この映画は全体を通して、<産業>を頭から悪だと見なしています。<アーティスト>は自由な個人であり、創造力の源泉であり、彼らの存在と活動は肯定的に表現されている一方で、<産業>には“金儲け”や“ビジネス野郎のやること”といったレッテルが張られ、創造性の障害だと否定的な決めつけがなされている。まずはこうした図式から一旦距離を置いて考えた方がいいと思うんですね。映画の中で登場したHIVの話についても、そのまま鵜呑みにしてはいけない面があります。近年の製薬会社が開発した薬の特許は、20年間保護されるそうです。ただ現在、1990年代にできた主要な薬の特許が切れる時期に差し掛かっています。そういった特許が全部切れた場合、利益の半分近くを失う製薬会社も出てきてしまうようです。こうした事態は「2010年問題」と呼ばれています。製薬会社に十分な利益が見込めなくなると、莫大な開発費を新薬に投資することができない状況が生じてしまう。こうした事態によって誰が一番深刻な被害を受けるかといえば、製薬会社のトップの「ビジネス野郎」たちではなく、末端の人、つまり新薬を必要としている難病の人や、今まさに死に瀕している人たちなんですね。たしかに緊急の必要に迫られて抗HIV薬をコピーしたブラジルの政策にはやむを得ない面があるかもしれない。しかしだからといって、産業の知的所有権は悪の源泉だ、なぜならそうした知的所有権の主張は一方的に人々を死に追いやっているからだといった、「強欲」のイメージを必要以上にあおるのも問題です。

山内
段々と「クリエイティブ・コモンズ」が劣勢のような気もしてきましたね… 

古賀
私は「クリエイティブ・コモンズ」を否定しているわけではないんですよ。大事なのは、産業と個人は、ともに支え合って創造性に寄与しているという当たり前の事実を認めることです。二者択一ではありません。二次制作をするアマチュアのアーティストが、その活動をさらに充実させ、楽しくも自由な時間と空間を作り出そうと望むのであれば、その前提となっているプロの一次制作もまた充実する必要があるのであって、そのためには、娯楽産業に十分な利益が供給される体制が整備される必要がある。そしてその両者の住み分け、線引きを、双方の創造性を最大化するかたちで整備するのが、著作権なのです。だから著作権、いや法(権利)一般というのは、それに関わる人々全員の利益のために、その人々の合意を通じて定められるべきであり、それゆえにそれは関係者全員によって自発的に遵守される必要がある。先に述べたように、「クリエイティブ・コモンズ」もまた、著作権を通じてはじめて成立するのです。<産業・アマチュア・行政>の三者が、どれも共存共栄していくようなシステムを考えていかなければならないと思っています。 

河合
共存というお話しがでてきたので、出版業界の事例を例に話したいと思います。例えば、同人誌には、オリジナル作品やそこに登場するキャラクターを宣伝し、販売を促進する機能があります。というのも、仮にアマチュアの書き手が制作した同人誌が100部売れた場合、その同人誌を買った人のうちの何人かはオリジナルの作品を初めて知るかもしれないし、オリジナルのマンガやDVDを買うかもしれないからです。

さらに言うなら、当然のことですが、同人誌は書けば書くほど上手くなるんですね。もちろん、いいものを作れる人は有名になります。そうして注目された人を業界の方は見逃しません。どんどん掬い上げていきます。先日、久留米で同人誌のイベントを開いたのですが、その時のイラストを、同人誌の世界では有名なある同人作家さんに描いて頂きました。イラスト自体は、宣伝用に新たに描きおろしてもらいました。それがこのイラストです。この作家さんは、色々な同人誌を出してらっしゃる方で、実際に商業誌やオリジナルの作品の単行本も出版し、月刊の漫画誌でも連載を持っています。

こういう話はよくあることです。特に小さい出版社は、漫画賞を企画して人を集めるよりも、同人誌即売会で有望な人を釣り上げたほうがコストも下がりますし、いい人もいっぱい見つかります。そういった意味で、企業とアマチュアの共存はすでにできあがっていて、相互に助け合っているわけです。自分は同人の世界をたまに<文化のB面>という風に表現することがあります。

 

オープンソース・ソフトウェア「Linux」の革新性

山内
なるほど。その話とも絡むと思うんですが、河合さんは「Linux」(*3)に関係するお仕事に携わっているそうですね。「Linux」は「オープンソース・ソフトウェア(*4)」で、ソースが公開されていて、誰もがそれをシェアできるというものです。ただ、素人考えですなのですが、どうしてその「オープンソース・ソフトウェア」でお金が発生するのでしょうか?そこが一番気になるところなんです。なぜかというと、そうしたフリー・ビジネスは、古賀さんが指摘していた企業サイドの収益源の減少といった問題になんらかの回答を与えてくれるのではないか、と思ったからです。いかがでしょうか? 

河合
皆さんもインターネットを使って、ホームページやメールなどを利用されていますよね? そうしたソフトウェアだけしか使っていない方からだと分かりづらいですが、そういったサービスを維持している部分には、「オープンソース」というものが使われている場合があります。もちろん、この「オープンソース」自体は無料です。一応、使い方に決まりがあったりしますが、基本的にはいくらでもコピー可能で、誰しもが自由に使うことができます。こうしたことが可能であるのは、WEB上においては、そうした「オープンソース」を1つ配れるのも、1万個配るのも、全くコストが変わらないからなんです。要するに製造・流通コストがかからないわけです。なので、いくらでも増やして使うことができます。

ただ、みなさんが気になっている点は、どうして無料の商品にもかかわらず、お金が発生しているかということですよね。例えば、Apache(*5)やSendmailというサーバーは無料です。それ自体、一つ一つでは役に立たないし、そもそも成り立たない。ただし、それを数千個くらい組み合わせると、皆さんがよく利用しているWindowsだったりMac OSみたいな、そういった機能を果たすものになります。そういった具体的に使えるものに、作り変える人がいるんですね。彼らは、システムをまとめ、OSとして使えるようにし、それを売ったりします。またそこで作ったものすらも無料で配布し、サービスの部分でお金を取ったりします。ここでいうサービスとは、例えばレンタルサーバーにして貸すとか、企業向けのシステムを使って動かして対価を得るとか、ホームページで広告収入を得るとか、いったものです。こうした技術には、当初は無料であっても、その後のサポートや運用が必要だったりするので、最終的にお金を払う人が必ずいるんですね。

もちろん、趣味でやっている方も結構多く、有名なソフトウェアを作ると、その人は“あのソフトを作っているすごい人だ!”という風になる訳です。その看板みたいなのを使って、ソフトウェア会社に雇ってもらったり、仕事を紹介してもらったりなど、作っているものは無料なのだけど、結局どこからかお金が発生するという仕組みというのが成り立っているわけです。

山内
よく分かりました。大本の素材は無料だけれども、それを使って別のソフトウェアを作ったり、別のサービスを考えたりするわけですね。そして、仮に入り口が無料でも、無料のツールを使う人が増えると、そこで様々な仕方で課金することができるわけですね。河合さん、ありがとうございました。

古賀
本質的な問題は、著作物のコピー自体が善か悪かではないのです。産業が排除しようとしているのは、商品がコピーされることそれ自体ではなく、そのコピーによって収益の機会を失うことなのです。逆に、音楽やDVDのコピーがいっぱい出回ることによって収益のチャンスが増えていくのであれば、産業がコピーをなんらかのかたちで許す可能性が生じます。つまり、より重要なことは、<コピーをする/しない>ではなくて、<課金するチャンスが増える/減少する>なのです。

 

リミックスの未来

桑山
最後に僕の方からもこの映画に関しての感想を話したいと思います。あまり上手に話せないですが、字幕作業をしていて凄く感銘を受けたシーンを見つけました。そのシーンに関しては、どんな字幕をあてるかみんなで散々思い悩んでしまって、全然作業が進みませんでした(笑)。それは、映画の終盤に登場したブラジルの女の子が「私で詩を書いたり本を書く人もいるし、服を着せたり、音楽の中に私を包んで、私は音楽の中を生きてるの」と言っているシーンです。もうひとつは、ブラジルの食人宣言、カニバリスト・マニフェストの中で、「正しいのは潜在性を発揮することを保証することだ」と言っているシーンです。どちらも僕はエコロジーだなぁ、っていう風に思っています。なぜ感銘を受けたのかといえば、この二つのシーンは特に、オリジナルのものからではなく、関係の中から何かが開かれてくる、そうした価値観を大切にしているからです。ブラジルの子供たちはリミックスから新しいものを作る、その行為が自分たちに自信をくれるんだと歌っていましたよね。まさに、僕がリミックスをエコロジーだと感じた部分を端的に表現しています。つまりリミックスは、過去の遺産や古くなった創作物をリサイクルして、もう一度現代の私たちに使えるようにするという意味なんです。それが、ブラジルにおいては、教育のプログラムにまで取り入れられている。そういった点に感銘を受けました。

みなさんは、ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんをご存じですよね。彼女は、環境負荷の少ないライフスタイルの基本要項、「3R」(*6)、要するにReduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)Recycle(再資源化)の3つが「もったいない」という日本語で表現できると言って、この言葉を世界共通語「MOTTAINAI」として広めようとしていますね。僕は、この3つに“Remix”も入れるべきだと思うんです!そう思って、随分前に、勝手にウィキペディアに「3R」の中には、“Remix”も入っている的なことを書き込んだんです(笑)。でも、そうすると「4R」になってしまいますよね… たぶん今では訂正されていると思いますが。ただ、やはりこの映画の中でも言われているように、リミックスには、様々な事柄や問題を変えるきっかけになる力を秘めているのではないかと思います。そこが凄く好きです。なので、こうして上映会を行ったのも、みなさんに僕の愛をご覧になって欲しかったからなんです。

山内
映画の最後に登場したブラジル人の女の子は、まさにオープンソース・ソフトウェアの擬人化といえますね。女の子の言葉は「私を使って色々やって。私にとってもそれが楽しいの」という含蓄のあるものだったと思います。

以上で本日のイベントは総て終了したいと思います。本日はどうもありがとうございました。今回の『RiP!』プロジェクトは、この映画の主張を押し付けるというよりも、むしろこの映画を1つのきっかけとして、日本における著作権の問題、表現の問題を多くの方と一緒に考えていけたらと考え、始めました。今後もこうしたイベントを継続してやっていきたいと思っております。それでは、皆様最後までお付き合い頂きありがとうございました。

(おわり)

 

 

古賀徹(九州大学大学院芸術工学研究院准教授 哲学)

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河合雅弘さん(NPO法人Project Arbalest代表理事/Linuxエンジニア)

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桑山篤(ドネルモ )3ヶ月後に青年海外協力隊としてキルギスへ

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山内泰(ドネルモ代表/福岡歯科大学非常勤講師 美学)

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(*1)村上隆

1962年生まれ。現代美術家。ルイ・ヴィトンのデザインなどでも知られている。アニメなどのサブカルチャーを下敷きにした奇抜な作品が海外で評価され、その作品は、既存の日本アニメやマンガの手法を取り入れていることで知られている。1992年に、ネズミ(ミッキーマウスとも言われている)をモデルにした「DOB(ドブ)君」を発表し、村上隆を代表するキャラクターとなっている。その後、2004年に村上は、自らが発表した「DOB君」を勝手に使用され著作権を侵害されたとして、大手子供服メーカーに損害賠償などを求めて訴訟をおこし、和解金数千万円を受け取る。この事件については、多方面から様々な批判がなされている。

 

 

(*2)『ドラえもん』最終話事件

『ドラえもん』の最終話を描いた同人誌を販売したことによる著作権問題。『ドラえもん』の最終話に関しては、作者の藤子・F・不二雄が最終話を描いていないことも起因して、複数の都市伝説が流布していた。そうした状況下で、ある作家が流布していた都市伝説の一部に新たにアレンジを加えて、販売したところ、同人誌としては異例の1万3千部以上を売り上げた。通常は、同人活動を黙認する出版社(版権元小学館)も、事態の影響力を危惧し、その作家を訴えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(*3)Linux

WindowsやMac OSに次ぐ「第三のOS」と知られている。主にサーバーやモバイル、組み込み機械で使われている。既存のOSの改良ではなくまったくのゼロから誕生したLinuxは、制作者のリーナス・トーバルズの手によって、ソースがフリーでWEB上に公開され、その結果、世界中でプロ/アマ問わず、多くの参加者たちを巻き込み、一大コミュニティを形成している。

 

 

(*4)オープンソフト・ソフトウェア

プログラミングの世界ではじまった、プログラムのソースコードや開発のプロセスを広く公開し、知識、手法を持ち寄ってプログラムを作っていく方法で制作されたソフトウェアを指す。

 

 

(*5)Apache

最も人気の高いウェブサーバーソフトウェアの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(*6)3R

Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)の3つの頭文字をとった環境に配慮したライフスタイルを送る上でのキーワード。ちなみに、桑山氏が書き込んだものかは不明であるが、現在もウィキペディア上には、Remixの記載が残っている。

 

 

 

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2011/12/11 18:54